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SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと [著]チャールズ・ユウ

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2014年08月10日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■創作者が翻訳した小説の浮遊感

 創作者にとって、他人の作品を翻訳するというのはどのような意味があるのだろうか? 形而上(けいじじょう)的脱力系SFの鬼才にして芥川賞受賞作家の円城塔、初の翻訳である。
 原作は、これまた風変わりな、円城塔の世界に近いSF。注目赤丸急上昇中のチャールズ・ユウによる初長編だ。
 自己言及をベースにしたタイムスリップものだが、オタクっぽいタイムマシン技術者の成長譚(たん)とも読めるし、家族の絆について考える物語とも読める。軽い語り口は一見取っつきやすそうだが、物語が前提としている特異な世界(物理法則が93%しかインストールされなかった……)になじみがない人には、読みにくいかもしれない。
 ただ、筋立てが重要な作品ではない。どこに連れていくか分からない浮遊感や、メビウスの帯のような言葉遊び、凝りに凝った細部の仕掛け、そういったもろもろを楽しむべき本なのだと思う。
 それだけに、どのような文体の日本語に翻訳されるかはきわめて重要であり、またチャレンジングな作業でもあったはずだ。
 正直に告白すれば、ぼくは円城塔の良い読者ではない。彼の独特の世界観に、ちょっとついていけない感覚が今まではあった。だけど、この『暮らすっていうこと』はとても楽しく読めた。
 チャールズ・ユウの原文は、やはり脱力系ではあるが、そうすらすらと読めるものでもない。うねうねと続く長い文は、関節の付き方がずれているような妙な感覚を読む者に生じさせる。円城塔はそこのところはうまく処理していて、むしろ柔らかさと軽みを醸し出している。
 この日本語版『暮らすっていうこと』は、ユウ単独とも円城だけとも異なる、第三の表現世界を現出させることに成功したと言ってよいだろう。ぼくたち読者にとっては、大いなる幸せをもたらしてくれる翻訳である。
    ◇
 円城塔訳、新ハヤカワSFシリーズ・1728円/Charles Yu 76年生まれ。米国の作家。両親は台湾出身。




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