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キルギスの誘拐結婚 [写真・文]林典子

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年08月17日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■蛮行を写す、静かで断固たる怒り

 かくも虚(うつ)ろな目をした女性の写真を、見たことがあったろうか。ぼくはそう、自分に問いかけずにはいられなかった。これは本当に、つらく、悲しい顔だ。
 なぜ彼女たちが一様に生気のない表情をしているのかというと、ろくに面識もない、もちろん愛してなどいない男に拉致され、彼の大勢の血縁者に取り囲まれて結婚を迫られているから。チョルポンも、アイティレックも、ディナラも、みなキルギスのアラ・カチュー、「誘拐結婚」の当事者だ。いや、あえて書き直そう。「被害者」なのである。
 中央アジアの国キルギスは日本の半分ほどの国土に540万人が生活している。その7割を占めるクルグズ人の女性の3割が、誘拐により結婚している。警察などは助けてくれないし、運良く家に帰れても、純潔がすでに汚されたと噂(うわさ)される。観念して結婚すると、男の家に囲い込まれ、家事労働を強制される。必然的に、今までの生活や将来の夢からは切り離される。
 さて歴史研究者たる私は、この辺で鷹揚(おうよう)に史書を繙(ひもと)くべきだろうか。ガラシャ夫人などを例に、日本でも同様なことを行っていた過去はあるから私たちはこれを奇異な風習といたずらに驚き呆(あき)れるのではなく自分のこととして受け止めよう、的なことを述べて責めを果たすべきだろうか。
 いや、やめた。これはあまりにひどすぎる。女性の権利がかくも無惨(むざん)に否定されて良いわけがない。誘拐結婚は20世紀になり、ソ連の支配下に入ってから急激に増えた。決して伝統や習慣などではない。まさに蛮行なのである。
 読み手の私が図らずも興奮してしまったが、本書はあくまでも冷静に、事件を追っていく。つねに客観的にカメラ越しに事態を見つめるのだ。けれどもその写真には、著者の静かで、だが断固たる怒りが写っているように私には感じられた。ぜひ本書を手にとって、確かめていただきたい。
    ◇
 日経ナショナルジオグラフィック社・2808円/はやし・のりこ 83年生まれ。フォトジャーナリスト。

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