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透明な迷宮 [著]平野啓一郎

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年08月17日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■「現実」をあぶり出す虚構の物語

 6つの中短編を収めた小説集。いずれも平野啓一郎の作家としての際立った個性が光る、ユニークな作品揃(ぞろ)いだ。
 完璧な筆跡模倣能力を持った田舎の郵便配達夫の物語「消えた蜜蜂」。悪夢そのものと化した「人捜し」を描いた「ハワイに捜しに来た男」。ブダペストで共にショッキングな「事件」に遭遇した女性との不可能な恋愛の顛末(てんまつ)を綴(つづ)った「透明な迷宮」。作家自身が育った北九州を舞台とする、祖父の葬儀から始まる濃密な家族劇「family affair」。「火」にしか性的欲望を抱けないひとりの男の告白「火色の琥珀(こはく)」。そして最も長い、交通事故がきっかけで或(あ)る異常な状態に陥った天才演出家の悲劇「Re:依田氏からの依頼」。どれも通常言うような意味での「リアリズム」とは呼べない、突飛(とっぴ)であったり奇怪であったり不可思議であったりする要素があからさまに入れられているのだが、しかし同時に、それらは妙に「リアル」でもある。平野の個性とは、他でもない、そのような小説の如何(いか)にもな虚構らしさ、絵空事としての物語性を、あっけらかんと、半ば強引に導入することで、いわば炙(あぶ)り出しのようにして、私たちの「現実」や「社会」や「時代」を晒(さら)け出してみせる手腕に存している。
 その意味でも、いちばん読み応えがあるのは末尾に置かれた「Re:依田氏からの依頼」だろう。かつて三島由紀夫と特異なファシズム文学者エルンスト・ユンガーの知られざる邂逅(かいこう)を描いた舞台「反作用」で注目された「依田氏」から、年下の小説家である大野は或る依頼を受ける。それは依田氏の聞き書きを元にして、彼の身に起こった俄(にわか)には信じ難い現象を小説化することだった。その「現象」が何かは敢(あ)えて述べないが、或る種のSFや幻想小説のごときアイデアを用いつつ、作者の語りは、それ自体が「透明な迷宮」と化している。すらすらと面白く読み終えられるが、後には謎が残るのである。
    ◇
 新潮社・1620円/ひらの・けいいちろう 75年生まれ。作家。『日蝕』『空白を満たしなさい』など。

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