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トワイライト・シャッフル [著]乙川優三郎

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2014年08月24日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■文章の波間に身を任せる快楽

 房総半島の、太平洋に面した町。小さな漁港があり、かつては海女がたくさんいた。高台は別荘地として造成され、新たに定住するひともいる。夏はサーフィンなどを楽しむ観光客でにぎわい、それ以外の季節は波が打ち寄せるばかりの町。
 その土地を舞台に、訪れるひと、去るひと、どこへも行けないひと、さまざまな人生の瞬間を切り取った十三編が収められた短編集。いずれも高密度・高水準で、素晴らしいとしか言いようがない。
 静かに見える海にも必ずうねりがあるように、端整(たんせい)な文章はときに逆巻き、ときにたゆたいリズムを刻んで、登場人物の情熱や寂寞(せきばく)を明らかにする。読者は波間に漂うように、文章という名の海に身を任せる快楽に浸れる。暗い海底へとひきずりこむうねりもあり、登場人物とともに読者自身も自分の内面と向きあうことになるだろうが、大丈夫。海の底にも、うつくしく澄んだ月の光が差している。
 本書を読んだら、どの短編が特に好きだったか、語りあわずにはいられなくなるはずだ。私はいま、語りたくてたまらない。だれにも聞かれていないのに自分の好みを言おう。喪失でも選択でもない観点から見事に恋愛を描いた「サヤンテラス」、創作物が人間にもたらす豊饒(ほうじょう)について、これ以上なく考えさせられる「ビア・ジン・コーク」、この町と、町に住む多様な人々の魅力、生と死から迸(ほとばし)る力と崇高さを活写した「私のために生まれた街」が大好きだ!(「特に好き」と言いつつ三つも挙げて恐縮だが、到底一編に絞りきれるものではない!)
 みなさんのお好みはどれですか? ぜひ本書をお読みになって、身近なひとと語りあってみてください。
 読書とは、本を媒介に自分の心の奥底を知り、登場人物とともに生き、語らいあうことなのだ。改めてそう感じる、至福の時間を味わった。
    ◇
 新潮社・1512円/おとかわ・ゆうざぶろう 53年生まれ。作家。『生きる』で直木賞、『脊梁山脈』で大佛次郎賞。

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