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サマータイム、青年時代、少年時代―辺境からの三つの〈自伝〉 [著]J・M・クッツェー

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年08月24日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■作家の孤独浮かぶ自伝的小説

 南アフリカ共和国出身(現在はオーストラリア在住)のノーベル賞作家による自伝的フィクション三部作。自伝的フィクションという意味は読み進むうちにわかってくる。
 少年ジョン(クッツェーのファーストネーム)が家族と共にケープタウンからヴスターという田舎街に転居してくる。過保護の母親への反撥(はんぱつ)、クッツェー家の経済を崩壊させた父親への嫌悪、芸術への憧れと自意識の芽生え、南アではアパルトヘイトが刻々と押し進められている。人種や宗教や貧富にかかわる複雑な環境の中で、「彼」と記されるジョンが屈折と屈託を抱えながら育ってゆく『少年時代』。念願かなって渡英した「彼=ジョン」が、IBMでコンピュータ・プログラマーとして働きながら、詩人になろうとする、いや詩人であろうとする理想と現実の乖離(かいり)と、恋愛に徹底的に不向きな自らを思い知らされる『青年時代』。作者の年譜と照らし合わせてみれば、すでに幾つかの意図的な差異が物語に紛れ込んでいるのだが、それでも自伝的色彩が濃厚な連作が、一挙に「フィクション」へと跳躍するのが第三作『サマータイム』である。なんとクッツェーは亡くなっており、彼の伝記を書こうとする者が、前二作に続く青年期の、小説家として出発したばかりの「ジョン」を知る五人の人物にインタビューする内容になっているのだ。あからさまな虚構。だがこれは単なるフィクションとも違う。この手法を作者は「他者による自伝」と呼んでいる。肝心なことは、この「他者」は「自己」でもあるのだということである。
 三つの小説の中から浮かび上がってくる「ジョン・クッツェー」の肖像は、あまりにも孤独で、孤独であるしかないような人物である。実際のクッツェー自身がどうなのかは重要ではない。ただ言えることは、小説家は自分自身の人生も容赦なく素材にするのだということである。
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 くぼたのぞみ訳、インスクリプト・4320円/J.M.Coetzee 40年生まれ。南アフリカ出身のノーベル文学賞作家。

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