書評・最新書評

ちいさな城下町 [著]安西水丸

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年08月24日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■間を生かし、味わい深い旅の記憶

 ○歴史学者A「いいよなあ、小説家は。ろくに調べもしないで書けるんだから」
 ○小説家B「ふん。いいよな、歴史学者は。調べさえすりゃあ、書けるんだから」
 有名なやりとりだが、AとBの具体名は存じ上げない。
 猿飛佐助より霧隠才蔵が好き、映画の主役より脇役が好き、奇妙な芸術性に傾いていくものより安価で素朴な民芸品が好き、読売ジャイアンツより中日ドラゴンズが好きという著者は「10万石くらいの城下町が好き」である。
 「東京生れで東京育ちのくせに中日なんかを応援するってのは、(おまえが)心がねじ曲った子供だったって証拠だ」(by嵐山光三郎)という言葉に大いに納得しながら、著者は地方都市に一人足を運んでは、気の向くままに名所旧跡を散策する。その旅の記憶が、味わい深い一冊としてまとめられた。
 たとえば群馬県安中市は、安中藩3万石の城下町。徳川四天王の一人・井伊直政の嫡男(ちゃくなん)・直勝がここの藩主となった。彦根は弟の直孝が嗣(つ)ぎ、兄の履歴を削除した。歴史研究者の私なら、この史実にこだわり、資料を調べ、裏事情の解明を試みる(実際にそうしたことがあった)。でも著者は違う。直勝が病弱だった(つまり有力藩の主にふさわしくない)と指摘するにとどめ、より広い視点に立って、いくつもの話題、安中藩士だった新島襄の話など、を拾い集め、立体的に話を進める。
 どちらが良いか。調査の徹底や情報の密度を重んじる以前の私なら、自分の正当性を言い張ったろう。でも、違う。広く人々に読まれ、かつ社会に浸透するには、ある種の「間」が必要だ。オタク的な探究心より、ゆとり。それがあってこその「味わい」であり、「読書の愉悦」である。
 県庁の置かれる中心都市でなく、地域4番手くらいの「ちいさな城下町」。そうか、それ自体が、そういうことなのだ。
    ◇
 文芸春秋・1512円/あんざい・みずまる 42年生まれ。イラストレーター・作家。今年3月に脳出血のため死去。

関連記事

ページトップへ戻る