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現代の起点―第一次世界大戦(全4巻) [著]山室信一、岡田暁生、小関隆、藤原辰史

[評者]吉岡桂子(本社編集委員)

[掲載]2014年08月31日

[ジャンル]歴史

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■今につながる起点、幅広い視点で考察

 ドイツ国境に近いフランス・ベルダンの丘で、双方の国旗がともに秋めく風にたなびいていた。100年前の夏に始まった第1次世界大戦の激戦地である。同時に、30年前には、両国首脳が手をつないで哀悼した和解の象徴の地でもある。1世紀の区切りの今年、訪れる人は例年より多いという。
 英仏などで第2次大戦以上の死者を出した欧州は、暗い過去を統合の「起点」となる踏み台にも用いる。これに対して、悲惨さも政治・外交の失敗も第2次大戦の記憶が際だつ日本で、第1次大戦を知る意味はなにか。
 そんな思いで、このシリーズを手にとった。共同研究を得意とする京都大学人文科学研究所が、異なる分野の研究者を集めて7年かけて仕上げた。
 貫く問題意識は、第1次大戦を欧州に限らず、米国やアジア、トルコ、中東まで世界のいまにつながる「起点」とすることだ。48人の筆者が国家や地域、社会、暴力のありようについて、大戦が変え、残したものを論じる。そのうえで、カネもモノも人の心までもが戦争へと動員される総力戦の姿を浮かびあがらせる。対象は移民や捕虜、銃後を支えた人々の生活、音楽や文学など芸術、医療、思想、宣伝と多岐にわたる。
 「あらゆる営みの蓄積が、国家指導部によって『労働力』と名付けられ、戦争へと回収」(第2巻)されていく「総力戦」の道行きを、山室信一・同研究所長はシリーズ総括でこう、書く。「国民統合という強迫観念にとらわれることにおいて国内における『敵国性』の排除へと突き進むものでもあった」。そして、「一体感を感じるようになった国民」が「次なる大戦を呼び寄せる」。
 第1次大戦が残した米国の覇権がゆらぎ、中国は列強に虐げられた過去への復讐(ふくしゅう)心のように軍備を増強している。既存の秩序がぐらつき、新たな「戦前」の懸念まで語られる。自らの内側に現れる戦争の気配に敏感でいるためにも、過去を知る重みは増している。
 いっぽう、日英同盟を理由に参戦した日本は、中国・山東省に攻め込んだ。ドイツから奪った利権の確定などを求めた「21カ条の要求」をのまされた5月9日は、中国で「国恥(こくち)記念日」と呼ばれる。日本がナショナリズムの向かう「主要敵」となった「転換点」(第1巻)だった。
 この大戦は、中国からみれば日中関係の「起点」でもあったのだ。政治も経済も人の流れも国境を越えて交わる時代には、正誤や善悪を求めるためだけではなく、違う立場や角度から歴史を考えてみる必要がある。かつてない幅広い視点で大戦を意味づけたこのシリーズは、その糧になるだろう。
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 岩波書店・各3996円/編者は4人とも京都大学人文科学研究所所属/やまむろ・しんいち 51年生まれ。法政思想連鎖史/おかだ・あけお 60年生まれ。西洋音楽史/こせき・たかし 60年生まれ。英国・アイルランド史/ふじはら・たつし 76年生まれ。農業史

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