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マリー・アントワネット―ファッションで世界を変えた女 [著]石井美樹子

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年08月31日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■時代を作った象徴的な身体

 歴史上の著名人とは、煌々(こうこう)とまばゆい闇である。ましてや、滅び去った側の者は歪曲(わいきょく)がまかり通る。文芸作品、映画、そして日本では漫画や宝塚でもお馴染(なじ)みの、フランス革命で処刑されたルイ16世の王妃、マリー・アントワネットはどうだろう。思い浮かぶのは、お洒落(しゃれ)や仮面舞踏会にうつつを抜かし、浅はかで遊び好き。財政破綻(はたん)に瀕(ひん)していたフランスで庶民の窮乏を理解せず、「パンがなければ、お菓子を食べなさい」と言い放ったという逸話……。
 著者は、これら誰もが知っているマリー・アントワネット像を、一つ一つ検証し実像に迫る。焦点となるのは、当時のファッションやメディアと政治の緊密な関係だ。当時、王の身体は、単に生身の肉体であるのみならず、統治する政治体であり、さらに肖像画や彫刻などで表される象徴的な身体でもあった。それゆえ、革命の完遂のためには、その身体を処刑せねばならなかった。ヨーロッパ史上、統治権を持たない王妃が処刑されるのは異例なこと。だがマリー・アントワネットは、かつてフランス王室の「ファッションリーダー」であり、その身体は実に象徴的な意味を持っていた。
 たとえば、高く結い上げた「プーフ」と呼ばれる髪形は、大きく膨らませたドレスに合わせ視覚効果を狙ったものだが、瞬く間に流行。その後簡素な「シミーズ・ドレス」を流行(はや)らせ、女性の身体をコルセットから解放するのに成功するが、根底にはルソーの思想「自然に帰れ」の影響があったという。さらに、新古典主義の芸術の育成にも貢献したというから、革命後の文化や気分を先取りしていたのは間違いない。最後まで気高く断頭台についた姿に鑑みれば、醜聞の数々は革命のスケープゴートとして捏造(ねつぞう)されたものとの見解は、信憑性(しんぴょうせい)が高い。時代の空気を作り出したがゆえに、時代にのまれた悲劇の王妃を再評価されたい。
    ◇
 河出書房新社・2592円/いしい・みきこ 42年生まれ。神奈川大学名誉教授(中世英文学・演劇)。『エリザベス』など。

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