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江戸しぐさの正体——教育をむしばむ偽りの伝統 [著]原田実

[評者]荻上チキ(「シノドス」編集長・評論家)

[掲載]2014年09月07日

[ジャンル]人文

表紙画像

■眉つば「ニセ歴史」にツッコミ

 「江戸しぐさ」なるものがはやっている。要約すると、〈すれ違う際に傘を傾けてすれ違う「傘かしげ」など、江戸時代には優れたマナーがあった。商人たちは小さなしぐさの中にも思慮深い行動哲学を込めていた。それが今や、数々の江戸しぐさが失われている。今こそ江戸しぐさに学ぶべきでござる〉といったもの。
 ほほう、すばらしい伝統じゃないの。やっぱりお江戸はユートピア。今後の「お・も・て・な・し」に活用しましょう……って、おっと危ない、そのままうのみにしてはなりません。なにせこの江戸しぐさ、最近つくられた「ニセ歴史」なのですから。
 本書は「傘は江戸時代には今ほど一般的ではなかったよね」といった事実確認を重ね、江戸しぐさの矛盾点を指摘。根拠もない江戸しぐさが、いかに広がったのかという「偽史拡大の歴史」までまとめた。ネット上では江戸しぐさに懐疑的な声が徐々に広がり、著者もツイッター上で積極的に検証・発信してきた。それらのツッコミが、ようやく「まずはこれを読め」と言える一冊にまとまった。
 江戸しぐさが失われたのは、幕末・明治期に薩長勢力の「江戸っ子狩り」が行われたからだとか、戦争によって「隠れ江戸っ子」が途絶えてしまっただとか、当時の資料は焼き捨てられたので記録がないとか、もう完全にオカルト。記録がないなら、どうやって江戸しぐさが分かるのよ。これだけでもう眉つばもの。
 しかしこの江戸しぐさ、文部科学省の道徳教材をはじめ、複数の教科書会社の副読本や公民教科書に掲載されたり、テレビ番組や新聞各紙(朝日新聞でも!)で好意的に取り上げられたり、大手企業に講習として採用されたりしてきた。流言研究としては興味深いが、こうした言説が検証なしに拡散される現状には背筋が凍る。流言を元に道徳を説く、実は非・教育的な江戸しぐさの蔓延(まんえん)にご用心を。
    ◇
 星海社新書・886円/はらだ・みのる 61年生まれ。歴史研究家。著書に『オカルト「超」入門』など。

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