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春の庭 [著]柴崎友香

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年09月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■言葉の物質性を極限まで磨く

 「生活」と「暮らし」の間には、見えない壁が聳(そび)えているらしい。現実と虚構の落差、といいかえても良いが、壁の強固さに反し、現在その境界線はひどくあいまいだ。何より、私たちは日々メディアに映し出される理想の暮らしを、すでに心の故郷としてしまっている。主人公「太郎」が住むのは、この現実と虚構のエアポケットに建つような、取り壊し間近のアパートだ。思いがけず、同じアパートに住む風変わりな女性「西」の話から隣の水色の洋館に関心をもつようになり……。
 表題の「春の庭」は、その洋館を舞台にした写真集の名前だ。かつて住人だった、CMディレクターの夫と小劇団女優の妻との共著。CM作品とは対照的に個性的で自然な暮らしの風景が並び、夫婦の親密性を強調している。この写真集を愛読してきたという西は、洋館を近くで見たい一心でこのアパートに住んでいるという。そこでの暮らしは彼女には決して手に入らないが、それゆえ純粋に愛(め)でる喜びを培ってきた。この想(おも)いのひとつひとつが、魅力的で興味深い。人は完遂し得ない欲望を、こんな風に受け止めて愛し続けることもできるのだ。それは、すでに離婚してしまった写真集の夫婦の家庭生活の儚(はかな)さと対照的に、持続的で執念深くすらある。
 物語の中では、あらゆるものが完遂か終了の直前で絶妙なバランスを保ち、凍結される。言葉の持つ物質性を、極限まで研磨し得るがゆえの離れ業といえる。加えて、研磨が及ばぬものへの目配りも清々(すがすが)しい。その最たるものが、「庭」である。庭とは、自分のものでありながら完全な「所有物」とはいかないもの。人目にさらされ、風景を切り取り掌中におさめたつもりが、繁茂する自然の生成力に圧倒されるものの象徴である。人間の欲望も、こんな風に思いもよらぬ方向へと繁茂するのだろうか。その過剰さを、静かな言葉が枠づけ、彩る。
    ◇
 文芸春秋・1404円/しばさき・ともか 73年生まれ。作家。本書は芥川賞受賞作。著書『ビリジアン』など。


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