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男一代之改革 [著]青木淳悟

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年09月14日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■これは小説か 「変」な作家の企み

 青木淳悟は変な作家である。しかもその「変」さは、ちょっとやそっとではない。彼の小説はどれもこれも、他の作家たちの書くものとは、まったく違っている。極端に言えば、彼の作品が「小説」なのかどうかさえ、いまだ定かではない気がしてくるほどだ。
 「男一代之改革」は、江戸時代中期の〈寛政の改革〉で知られる老中、松平定信を題材にしている。ならばいわゆる時代小説なのかといえば、よくわからない。擬古文というか戯作(げさく)調と、隙を突いて顔を出す今っぽさと、奇妙に没個性的な資料文体があっけらかんと入り交じり、読む者はこれはいったい誰が語っているのかと不安になってくるのだが、すぐにそれさえもどうでもよくなる。定信は田沼意次の政治手法に異を唱えて改革を断行したが、老中として腕をふるった時期は短かった。彼は光源氏に強い憧憬(しょうけい)を抱いており、『源氏物語』を何度も全巻筆写したとされている。叙述は次第に松平定信を通して光源氏を描くことで「江戸」と「平安」をダブらせながら続いてゆく。しかしそこには史実への興味も、歴史的人物の生き様へのドラマチックな感慨も、ほとんど存在していない。あるのはただ、書かれたもの(資料、物語)を駆使しながら「過去」をスカスカにしていく言葉の営みと企(たくら)みばかりである。
 「鎌倉へのカーブ」は、都内から一念発起して神奈川県の大船に転居したが、あまりの遠さに妻がノイローゼになり、仕方なく彼女は都内で一人暮らし、自分は大船に留(とど)まる別居生活を余儀なくされて云々(うんぬん)という、おそらくは半ば以上事実を語りながら、実際には延々と路線や地理のことが書かれてある。その記述は詳細なようで極めて恣意(しい)的であり、要するに「変」だ。「二〇一一年三月——ある記録」は、あの震災の一日の体験を書いたエッセーだが、この作家にとって随筆と小説の区別はたぶんない。
    ◇
 河出書房新社・1728円/あおき・じゅんご 79年生まれ。作家。『私のいない高校』『このあいだ東京でね』など。

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