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アダム・スミスとその時代 [著]ニコラス・フィリップソン

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年09月14日

[ジャンル]経済

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■「真の人間学」追究した哲学者

 本書は哲学者アダム・スミスの「思想の伝記」である。スミスは経済学の父と一般的にいわれるが、それはほんの一面を表しているにすぎない。彼が生涯をかけて成し遂げようとしたのは「人間の本性と歴史を観察することで、真の人間学を創り出すこと」にあった。だから、彼の研究は修辞学や法学、倫理学、天文学など広範囲に及んでいる。
 そうした姿勢はデイヴィッド・ヒュームの哲学との出会いによって決定づけられた。学生時代にヒュームの『人間本性論』(1739年)を夢中で読んだスミスは、「社会の進歩を決定づけるのは(略)自身の境遇をよくしようとする個人や政府の努力である」という考え方を、強く信奉するようになる。
 その成果が『道徳感情論』(59年)や『国富論』(76年)になって表れるが、これらの著作はあくまで「人間学という、時間的・体力的に扱いきれなくなってしまった、より大きな計画の一部だった」のである。
 スミスは「人間本性を学ぶ者」には「社交性の原理の諸相として」の修辞学と「社会の維持に欠かせない伝達の原理として」の言語や文体を扱って欲しいと考え、「『道徳感情論』においては道徳感情の交換される様を、『国富論』においては財やサービスが交換される様を」説得の諸相として描くような「新しい言語論」を用意していたと著者は主張する。
 だが、後継者たちは経済学だけを継承し、彼の偉業を矮小(わいしょう)化した。「人間学者」スミスは『国富論』で「豊かさの進歩は分業の程度による」と書き、『法学講義』では「低価格は豊かさの必然的結果」だとした。分業が進み、資本ストックも豊富な日本。長期のデフレも経験した。今こそスミスが高く掲げた「真の人間学」を目指すべき時、と評者は思うのだが、現政権は異次元のインフレ政策をとり、反スミスの急先鋒(きゅうせんぽう)となっている。
    ◇
 永井大輔訳、白水社・3024円/Nicholas Phillipson 歴史家(思想史)。英エディンバラ大学名誉フェロー。

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