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「孟子」の革命思想と日本―天皇家にはなぜ姓がないのか [著]松本健一

[評者]赤坂真理(作家)

[掲載]2014年09月14日

[ジャンル]人文

表紙画像

■あらゆる物語、引き受けうる器

 天皇家には、なぜ姓がないの? 子供みたいな問いだからこそ、根源的である。
 本書を読み進むにつれ、天皇とは「何者であるかを意図的に隠した」存在であることがわかってくる。松本健一は平明な語り口で、日本の最大の謎へと私たちをいざなう。
 意図的に素姓を隠した存在にアクセスするのはむずかしい。そこで著者は、ある補助線を引く。孟子である。すると、孟子もまた意図的に隠された思想家であることが見えてくる。権力者に重用された孔子の思想と異なり、孟子は権力者に隠された形跡が随所にある。そして時に特異的に浮上する。孟子の思想の核は革命論で、徳を失った君子は討たれてよいとするものだ。
 中国では易姓革命と言い、王朝ごとに姓が変わる。これは日本にはふさわしくないと考えた誰かがいつのころか、天皇家の姓をなくしたらしいのである。
 しかし、姓がないからこそ、「万世一系」のフィクションも生まれ、天皇はどんな物語も引き受けうる器となったのではないか。歴代の覇者たちは、いかに覇権を極めようと天皇を討たず、むしろ「利用」した。姓をなくした「発明」の影響は、日本史を貫いている。ざっと大化の改新から二・二六事件まで。
 とりわけよくわかるのは「明治維新」である。実質上の革命。にもかかわらず、「維新」と言い換えた、と著者は言う。「維(こ)れ新(あらた)」にしたからには革命の立役者は「維新」の敵対者とされなければならなかった。これが西郷隆盛に起きたことだ。
 「戦後のかたち」「国のかたち」がゆらぎ、それを問う機運が高まっている。領土問題や憲法解釈のあり方、日本とは何かが根本から問われている。その問いは古代から、すでにあったものだ。民主主義にしてみても、欧米由来以外の道筋があり歴史がある。そこから考えてみなければ始まらない。
    ◇
 昌平黌出版会・1944円/まつもと・けんいち 思想家。麗沢大学教授。『評伝 北一輝 全五巻』『官邸危機』。

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