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荒神 [著]宮部みゆき

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年09月28日

[ジャンル]文芸

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■貪欲が怪物と化し、人の思いを食らう

 徳川綱吉治政の江戸時代。東北地方南部の小平良山(おたらやま)を挟んで隣接する永津野(ながつの)藩と香山(こうやま)藩は、かつては主従の関係にあった。関ケ原の合戦の際、西軍についた永津野を裏切り東軍についた香山藩は、領地を安堵(あんど)されて現在に至る。永津野からすれば香山藩は、自分を裏切った配下の土豪がかすめとった領地。香山藩からすれば永津野藩は、敵愾心(てきがいしん)の対象……、とすでに太平の世にありながら、いやそれだからこそ余計に不穏な空気が渦巻いている。その最中、香山藩の山間にあり、永津野藩との国境に近い仁谷(にだに)村で、農民の謎の逃散が起きる。この事件には、ただならぬ怪物の気配が潜んでいた。
 物語の中軸を担うのは、貪欲(どんよく)だ。その権化のような永津野藩重臣の曽谷弾正(そやだんじょう)が人の業を見事に体現する。弾正は、養蚕業を起こすなど永津野藩の財政を立て直す手腕に長(た)け、藩主の信頼を勝ち取り、やがて「牛頭馬頭(ごずめず)」と呼ばれる角の生えた黒面をつけた武装集団を率いて、従わぬ者には圧政を敷くに至る。中盤から後半にかけ、弾正とその双子の妹・朱音(あかね)に幾重にも課せられた過酷な宿命も明らかになる。
 貪欲へと結実せざるを得なかった人々の切なる願いが、やがて闇に飲まれ、おどろおどろしく膨れ上がるように、「荒ぶる神」のもとに集結する。仁谷村の生き残り・蓑吉(みのきち)の語る「がんずく」の語感が表すように、がつがつと恨みを放ちながら、どこまでも食らいつくし、腹がくちくなれば吐き、そして食らう。決して満たされることのない怪物の姿は、恐ろしくもやがて哀れだ。
 怪物に相対した時の、登場人物の思惑の違いもまた、物語に百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の火花を散らせていく。恐怖、力、使命、好奇心、そして慈愛……。すさまじい臭気を放ち、見る者の心情まで同期し描かれる怪物は、主体なき欲望の器であるがゆえに、あらゆる者の感情を激しく振幅させる。他方、感情を排し、匿名の役割と化した弾正の牛頭馬頭は、彼らと対照的だ。異形の仮面をかぶる牛頭馬頭と、有象無象の恨みの塊と化した化け物はともに人を狩る。固有性なき力の発動は、ただひたすら相手を破壊するのみ。圧倒的な剥奪(はくだつ)から生まれたからこそ、荒ぶる神は貪(むさぼ)ることを宿命づけられているのだ。
 気配から痕跡へ、やがて実体化してくる怪物との戦いの描写が、中盤から後半にかけ速度を増し、業の深さやおぞましさを突き破り、爽快ですらあった。やがて怪物は、人々の理性の彼岸に立ち、技術と貪欲を架橋してしまう。真におぞましいのは、人か、怪物か……? その顛末(てんまつ)は、ぜひ本編でお読みいただきたい。最後に一言、ゲーム化を待望する。
    ◇
 朝日新聞出版・1944円/みやべ・みゆき 60年生まれ。作家。著書『火車』(山本周五郎賞)、『理由』(直木賞)、『模倣犯』(毎日出版文化賞特別賞)、『名もなき毒』(吉川英治文学賞)など。この小説は2013年3月から14年4月まで朝日新聞に連載。


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