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笙野頼子『未闘病記——膠原病、「混合性結合組織病」の』書評 心も体も揺さぶる圧巻な痛みの描写

評者: 内澤旬子 / 朝⽇新聞掲載:2014年10月05日
未闘病記 膠原病、「混合性結合組織病」の 著者:笙野 頼子 出版社:講談社 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784062190169
発売⽇: 2014/07/31
サイズ: 20cm/258p

未闘病記——膠原病、「混合性結合組織病」の [著]笙野頼子

 膠原(こうげん)病という病名を知ったのはいつ頃だったろう。十五年くらいは前。「よくわからない病気」というのが当時から長らく持ち続けている感想。
 そう、膠原病だという人に会うたびにどんな症状なのかを聞くのだが、統一性がないのだった。リウマチ症状が出る人もいれば、熱が出たり、食べ物の制限が異様に大変そうな人もいた。たしか砂糖が一切だめだった。かと思うと「調子がいいから」と、一緒にレストランで食事をすると、油も肉も何でも食べる人も。
 ホントに病気なのかと、チラリとでも思うと、ほとんどの方が私の表情を敏感に読み、顔をこわばらせる。周囲に理解されず苦労されているのは明らかだった。
 どうも「よくわからない病気」の人は微増しているように思える。いや、単に私が歳(とし)を重ね、さらに癌(がん)を得たおかげで持病を告白されることが増えたせいなのか。
 膠原病だけではない。私が直接見聞きした限りのことだが、「よくわからない」病気を持つ人のほとんどが治療のためステロイドを大量投与されていた。それはどうやら自己免疫疾患という枠に入るようなのだ。目や筋肉、神経と患部と炎症はさまざまなのに、ステロイド投与で軽減するという不思議。
 せめて相手の顔をこわばらせないようにと、最低限の検索をし体験記などを読み、理解されない不自由さと、周囲のサポートの必要性は、足りないながらも理解したつもり。ただしそれでもどうにもわからないことがあった。
 私小説という形をとった本書を読んで、ようやく、「ああっ」となったのは、痛みそのものだ(厳密には著者個人の痛みだが)。
 そもそも著者は、これまでの小説作品の中で疎外感や不全感などの気持ちのささくれを的確に言葉にして物語にちりばめてきた。時として激しい頭痛など身体の痛みの描写があり、比喩なのだろうけど、リアルだと思っていたのだが。
 「膠原病」と診断されるはるか以前から、この病気による症状に悩まされ続けてきたことに、著者本人が気づいて驚いているのに驚く。個人差はあるだろうけれど、患者本人も病気と気づきにくく、「自分が怠け者のせい」と思い込んできたとは切ない。
 圧巻は、症状があまりにもひどくなり、つたい歩きどころか寝床から起き上がれなくなって、やっと病院に駆け込むまでのくだり。
 身体を丸め「いいいい」と呻(うめ)きながらページをめくった。体験したことのない痛みなのに体感している。言葉が、文が、心だけでなく身体にまで揺さぶりかける。壮絶。さすが。なのにタイトルは奥ゆかしく「未闘病記」。文学を恐ろしいと、はじめて思った。
    ◇
 講談社・1944円/しょうの・よりこ 56年、三重県生まれ。81年「極楽」で群像新人文学賞、94年『タイムスリップ・コンビナート』(文芸春秋)で芥川賞など受賞多数。『海底八幡宮』(河出書房新社)、『てんたまおや知らズどっぺるげんげる』(講談社)など。