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結婚 [著]橋本治

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年10月05日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■人生の大問題、矛盾した感慨

 すぐそこに締め切りが迫っていることは分かっているが、具体的に何から始めていいのか分からない。今の社会で、未婚女性たちが漠然と抱えている「結婚」への期待と、それを上回る巨大な不安。言葉にすると、やれ婚活すればいい、家庭的な所をアピールすれば、などとお定まりの解決法が返ってくるが、どれもこれも身の丈には合わない。最大の問題は、結婚という自分の人生の大問題に近づこうとすると、なぜかそこから「私」がぼろぼろと零(こぼ)れ落ちていってしまう点だ……。そんな、結婚がなんだかしっくりこない女性の心情を丹念に、かつ身も蓋(ふた)もないほど正直に描いた秀作である。
 旅行会社に勤める倫子(りんこ)は、仕事もそこそこ頑張って、恋人もできたり別れたりしながら28歳を迎える。「凡庸」だが「普通」からは遠い、そんな女性を描かせたら、おそらく著者の右に出る書き手はいないだろう……と感嘆するほど、倫子の日常は一見平穏で、それゆえ展開や救いに乏しい。本作には、結婚についての矛盾した感慨が次々と並ぶ。卵子老化の話題に、なぜみんな平気でいられるのだろうと思いつつ、兄が30歳になろうとする恋人の年齢を慮(おもんぱか)って急いで結婚する話を聞けば、「結婚は、年齢でするものじゃないだろうに」。結婚したいのかと自問すれば、“そうじゃないな”。女は男と結婚するのではなく「自分の結婚と結婚する」との指摘も鋭い。
 かつて女性は、結婚する理由など問わなかった。だが今や女性にとって結婚は、「するもしないも自由で、いくつでするのも自由」となった。それでも否応(いやおう)なく訪れる出産時期の限界や、将来への不安。「『自由』という言葉を三回繰り返せば、そこから『無責任』という和音も聞こえ、『自己責任』という足枷(あしかせ)の音さえも聞こえて来る」との一文は、静かに突き刺さる。倫子が下した驚きの決断に、吹きだしつつも震撼(しんかん)。
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 集英社・1620円/はしもと・おさむ 48年生まれ。作家。著書『蝶(ちょう)のゆくえ』など。古典の現代語訳も多い。

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