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ブラックウォーター——世界最強の傭兵企業 [著]ジェレミー・スケイヒル

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2014年10月05日

[ジャンル]社会

表紙画像

■許されるのか、私企業の武装

 戦争とは国と国とが争うものだと常識的に考えていたが、最近ではそうとも限らないらしい。イラク戦争を機にブッシュ政権が要人警護や兵站(へいたん)輸送の分野で民営化をつよく押し進めた結果、世界の紛争地では戦闘の一端を軍ではなく私企業が担うようになっている。その先頭を突っ走るのがブラックウォーターという巨大な傭兵(ようへい)企業だ。
 同社の評判を一気に落としたのが2007年にバグダッドで起きた「血の日曜日」事件と呼ばれる虐殺事件である。これは銃器で武装した同社の契約要員が、まったく罪のないイラクの一般市民14人を殺害、18人に傷害を負わせるという悲惨な事件だった。
 同社の傭兵の言い分はこうだ。テロや戦闘が頻発し混沌(こんとん)を極めるイラクでは相手が一般人か兵士かを見極める暇などなく、少しでも怪しい挙動があったら有無を言わさず殺さないとこっちが殺(や)られる——。なるほどそういうことはあるだろう。だが彼らが民意や法律によって制約を課せられた国軍兵士ではなく、単なる私企業から俸給を受け取る民間人にすぎないという存在の前提を考えたとき、その言い分は恐ろしく空回りして聞こえる。民間人ゆえに軍法会議にかけられることもなく事実上免責されていたため、ブラックボックスのなかでやりたい放題だったのだ。
 本書が提起する重要な問題は戦時と平時の境界線はどこにあるのかということだ。そもそも何を根拠に平時の存在である一企業が戦時の兵器で武装することが許されているのかがわからない。それに対テロ戦争が戦争なのかも疑問だ。自分に都合の悪い集団を一律に除去するためにテロリストというレッテルを張りつけただけの、平時を戦時に変える言葉のレトリックにすぎなかったのではないか。
 この本には恐ろしいことが書かれているが、それが知らぬ間に進展していたことの方がさらに恐ろしい気がする。
    ◇
 益岡賢・塩山花子訳、作品社・3672円/Jeremy Scahill 74年生まれ。調査報道ジャーナリスト。

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