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京城のダダ、東京のダダ——高漢容と仲間たち [著]吉川凪

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2014年10月05日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■日韓の若さの輝きと悲しさ

 京城、と植民地時代に日本が呼んでいた現在のソウルに、一人のダダイストがいた。本名は高漢容(コハニョン)。〈高ダダ〉と名乗って、朝鮮の新聞や雑誌にダダを紹介したという。すなわち「既成の権威、道徳、形式を拒否する芸術運動」を。
 だが、当の韓国でも「高漢容についてまともに調べた人もいなかった」。本人の孫でさえ、彼がダダイストであったことを「少し前まで全く知らなかった」。謎の人物だ。
 その高の足跡を著者は追い、同時に彼に影響を与えた東京のダダイストたちの青春を活写していく。つまり、若き高橋新吉や辻潤がどのように常識に逆らい、放浪し、不自由さの中を生きたか。
 それは半島の側から見れば「近代以後の朝鮮文学が、初めて持った国際的同志意識」に触れ直すことでもあるし、大正時代に日本を訪れた留学生が少なからず大学でアナキズムに魅了された事実の確認にもなろう。高ダダはその空気のまっただ中にいた。
 日本ではこの大正の終わり方(1923年)に関東大震災が起こり、2週間ほどのちに辻潤の元妻がアナキスト大杉栄と共に憲兵に連れ去られ、扼殺(やくさつ)される。伊藤野枝である。
 高漢容もまた「震災でひどい目に遭って帰ってきた」と書いており、その頃には高橋新吉も辻潤もダダから離脱している。反対に震災の翌年から、2年だけ「韓国のダダ」があったことを著者は記す。
 まるで大正精神の奥に日本のダダにつながる何かがあったかのように見える。その時期、反抗的で無垢(むく)で狂躁(きょうそう)的な人間たちが日本に生まれ、韓国に同志を生み、震災で実質的に終息を迎えるのだ。
 著者があぶり出す歴史には、ダダイスト詩人・秋山清も吉行エイスケも萩原朔太郎も石井漠も交差する。高ダダの文章も再録される。
 そこには東アジアが硬直化する直前の、闊達(かったつ)で未到達な若さの輝きと悲しさがある。
 つまり、両国のダダが。
    ◇
 平凡社・2376円/よしかわ・なぎ 大阪生まれ。翻訳家。新聞社を経て韓国留学。訳書に姜英淑『リナ』など。

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