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少子化時代の「良妻賢母」―変容する現代日本の女性と家族 [著]スーザン・D・ハロウェイ

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2014年10月12日

[ジャンル]人文

表紙画像

■日本の「母」の基準は高すぎる

 「良妻賢母」とは、一般に慎み深く勤勉で、母性あふれる伝統的な日本の母の理想像とされる。だが、この語は明治維新後の近代化の中で、人工的に作られたイデオロギーであり、今なお形を変えながらも文化規範として機能している。本書は聞き取り調査や先行研究をもとに、日本の女性たちを拘束するこの「母の理想像」に検証を加えている。
 もともと「良妻賢母」は、愛国的な活動に従事し家庭収入も増やしつつ進んで育児もし、新しい近代国家建設に役立つ女性像と考えられた。だが意味は変質し、公的領域から女性を排除することと同義となり、戦後は専業主婦の増加とともに母親の役割の強調の意味で用いられるようになった。著者は問う。この文化モデルが真剣に受け止められてきたならば、日本は今も子どもがあふれているはずだが、現実は異なるのはなぜか。
 心理学・教育学を専門とする著者は、日本の文化規範と女性心理との緊密な関係を再考し、女性たちの抱える葛藤を精査する。国際比較からみれば日本の既婚女性は母親の役割へのこだわりが強いが、家庭生活への満足度は低い。大変きめ細やかな育児を行っているにもかかわらず、育児に自信がなく不安感も高い。これは日本の文化規範が求める母親役割の基準が高すぎることが主たる原因である、と。
 興味深いのは少子化対策への視角だ。育児と就労の両立支援はもちろん必要だが、女性が仕事に育児にがんばりすぎることが結果的に母の役割のハードルを押し上げている点にも注意すべきだ。加えて、「出生率の低下は、(女性の)結婚生活に対する幻滅の反映」との指摘は胸が痛い。不満の矛先は、心理分析からすれば、夫の家事育児の分担不足よりも、手伝おうとしない「夫の性格」そのものへと向かっている、とも。海外からみれば、かくも矛盾だらけな日本の妻・母の現状を知り、ぜひ問題解決の糸口にしたい。
   ◇
 高橋登ほか訳、新曜社・3996円/Susan D. Holloway 米カリフォルニア大学バークレー校教育大学院教授。

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