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徘徊タクシー [著]坂口恭平

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年10月19日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■のぞいてみたい、別次元の世界

 認知症の高齢者が一万人も行方不明になっていると知り、衝撃を受けている。彼らはどこに行ってしまったのだろう。いや、どこに向かって行こうとしていたのだろう。
 介護する側、残される側の心痛に思いを馳(は)せる一方で、やっぱり気になるのは徘徊者(はいかいしゃ)の意思のありよう。「どこに」も「なぜ」も脳内から消失しても、なおかつ「行くのだ」と強く希求できるものなのか。不思議でしょうがない。
 本書を読んで、脳の異常な病態であると分類することに、違和感があったことに、気が付いた。そうそう、私もね、心のどこかでホントはボケてるんじゃなくて、半分だけ別の次元に足を踏み入れてしまっただけなのではと思っていたみたい。
 根拠のない妄想である。けれども、案外たくさんの人が一度はちらりと頭に浮かぶのではないだろうか。優しくしっかりしていたおばあちゃんが、外見も身体能力も変わらないのに、人格だけが壊れ、日常生活ができなくなる。
 「こちら側」の現実に引き戻して正そうとすればするほど、辛(つら)くなるけれど、壊れつつあるのではなく、シフトしつつあると思うと楽になるような気がする。
 こういう妄想こそ小説という場で育てるのにふさわしい。主人公恭平は、認知症の曽祖母との散歩をきっかけに、徘徊者を車に乗せ、行きたいと願う場所へ連れてゆくタクシー会社を開業する。
 徘徊者が足を踏み入れているとする別の次元の世界。それはその人が生きた年月の記憶が積み重なってできている。ビルの並ぶ道が、建て替わる前、さらにその前の姿が同時に見えていたり。
 こちら側にいるはずの恭平は、彼らの世界に自分も行ってみたくてしかたがないのだ。おかげで私たち読み手も存分にその世界を垣間見ることが許される。好奇心と紙一重の不思議なおせっかいが、読後は妙に愛(いと)おしくなる。
    ◇
 新潮社・1404円/さかぐち・きょうへい 78年生まれ。建築家、芸術家。『0円ハウス』『独立国家のつくりかた』など。

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