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コールド・スナップ [著]トム・ジョーンズ

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年10月19日

[ジャンル]社会

表紙画像

■生々しい「声」で綴る魂の物語

 舞城王太郎が登場した時、何よりもまず、その文体に、いや、その声=ヴォイスに衝撃を受けたものだった。それ以前に読んできた、いかなる小説とも全く異なった、畳み掛けるようなリズムと、切羽詰まったスピード感を持った超個性的な「声=文体」。それはいわゆるリアルな口語体とは実は違う。舞城の小説のように喋(しゃべ)る人間はいない。にもかかわらず読者は、彼の書く文章を限りなく生々しい「声」として聴く。そこに彼の作家としての才能と、他人に真似(まね)を許さない秘密が宿っている。
 そんな舞城王太郎が初翻訳に選んだのは、アメリカの小説家、トム・ジョーンズである。一九四五年イリノイ州に生まれ、海兵隊に入隊したがベトナム戦争に派遣される前に除隊となり、アイオワ大学の創作科を卒業、シカゴの広告会社のコピーライターを経て作家デビューした。これまでに短編集ばかり三冊出しており、本書は九五年に出版された第二作品集である。表題作はこんな風に始まる。
 「クソったれのボケってなもんだ。急な寒波(コールド・スナップ)がやってきたから俺はおらーっと家中の水道を流しっぱなしにする」。読み始めてすぐ、舞城のデビュー作を読んだ時の名状しがたい感銘が蘇(よみがえ)った。ここからは、紛れもないあの「声」が聴こえてくる。アフリカで原住民相手にグローバルエイドの医師をしていたが重度のマラリアに罹(かか)って帰国したばかりの「俺」は、自分自身も躁鬱(そううつ)病なのだが、妹のスーザンはもっと酷(ひど)く精神を患っている。ある日「俺」はスーザンを病院から連れ出す。家族の問題と心の病は現代アメリカ文学の二大テーマだが、ジョーンズも例外ではない。全十編、極めて私的なトーンに貫かれた、矢鱈(やたら)と性急かつ騒々しい「声」によって、傷つけられた魂たちの痛ましくも奇妙な物語が綴(つづ)られてゆく。舞城王太郎は翻訳家としてもめざましいデビューを飾った。
    ◇
 舞城王太郎訳、河出書房新社・2160円/Thom Jones 45年米国生まれ。作家。『拳闘士の休息』など。

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