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おだまり、ローズ—子爵夫人付きメイドの回想 [著]ロジーナ・ハリソン

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2014年10月19日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■主従でも家族でもない貴い関係

 アスター子爵夫人ナンシーは、イギリス初の女性下院議員で、才色兼備な社交界の花形だった。彼女にメイドとして三十五年間も仕えたのが、本書の著者(ローズ)だ。
 豪勢な社交生活、衣装を山ほど持って世界中を旅するさま、アスター子爵夫妻と有名人(チャーチルやヨーロッパ各国の王族が登場する)との交流ぶりなどが、庶民出身の著者の目を通して、ユーモアたっぷりに語られる。
 想像以上の華やかな暮らしを読むと、お姫様気分になってうっとりできる。しかし、アスター家の奥様(ナンシー)は、ボーッと富を享受するだけのお姫様ではない。わがままで気まぐれで毒舌、だが行動力と聡明(そうめい)な頭脳と優しい心を持っていた。つまり、一筋縄ではいかない人物。最初は奥様に振りまわされてばかりだった著者も、そのうちガンガン言い返すようになる。
 二人の丁々発止のやりとりがとても楽しい。お出かけまえに、ダイヤモンドを身につけて盛装した奥様に感想を求められ、「カルティエの店先ですね、奥様」と答える著者。本書のタイトルは、そういうときに奥様が発する一言なのである。
 貴族の親子関係がどんな感じなのかとか、第二次世界大戦中にアスター子爵夫妻がどう行動したのかとか、上流階級の義務と生活を知るうえでも、現代史の目撃証言としても、非常に有意義な一冊であるのはまちがいない。
 だが私はなによりも、ナンシーとローズの関係性に胸打たれた。主従でも家族でも友人でも恋人でもない、言葉では定義できないけれど貴い関係性を、二人は生涯を通して築きあげた。それは、互いへの信頼と尊重が生みだした、二人のあいだだけに通う「輝くなにか」なのだ。立場や身分がちがっても、ひとはだれかと深く結びつくことができる。人間が宿す善と希望の形が、本書には記されている。
    ◇
 新井潤美監修、新井雅代訳、白水社・2592円/Rosina Harrison 1899〜1989。

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