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ブレトンウッズの闘い ケインズ、ホワイトと新世界秩序の創造 [著]ベン・ステイル

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2014年10月26日

[ジャンル]経済 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■新通貨体制めぐる英米闘争鮮やかに

 本書は、膨大な文献、会議資料、当事者の手書きメモまで駆使し、1944年に米国で開催されたブレトンウッズ会議における英米間の闘争を描いた大作だ。この会議は、世界経済の中心が大英帝国から米国に移ることを決定づけた分水嶺(ぶんすいれい)でもあった。
 この移行作業を遂行するのに、米国財務省官僚ホワイトほど適任の人物はいなかった。経済学者である彼は、国際通貨問題の本質を理解し、アメリカの国益に沿う形で国際金融秩序を構想する力と、国際会議でそれを具現化する実務能力を兼ね備えていた。彼は、「連合国国際安定基金」(現在の国際通貨基金)と「連合国国際復興開発銀行」(現在の世界銀行)の創設に加え、金と交換性をもつドルを支配的な国際通貨の地位に押し上げる構想を練っていた。
 ホワイトは、実務面でも入念な準備を怠らなかった。彼にとって最大の難敵は、イギリス代表団の団長を務める高名な経済学者ケインズであった。ケインズがドル本位制に強く反対することをホワイトは知り抜いていたので、彼はまず、この問題を取り扱う基金委員会の議長を自分が取り、ケインズには銀行委員会議長を割り当て、この問題から遠ざけた。さらに各委員会には、米国政府選(え)りすぐりの精鋭官僚が研修を受けて配置され、議事進行を取り仕切る体制を整えた。こうして彼らはケインズ、ロバートソン、ロビンズといった当時世界第一級の経済学者を擁したイギリス代表団を迎え撃ち、見事に撃破したのだ。
 基金委員会では、ケインズが事前協議で意味不明として何度も採用を拒否した「金兌換(だかん)通貨」という言葉が再び持ち出された。その定義を明確にするよう求めるインド代表に対し、イギリス代表のロバートソンが、単なる帳簿上の問題と勘違いして不用意に「それなら『金および米ドル』と表現してはどうか」と提案する。この千載一遇の機会をホワイトが見逃すはずがない。彼は巧妙にそのまま議事を確定させ、金・ドル本位制という野望を実現してしまったのだ。
 しかし、意外な側面も明かされている。ホワイトは、実はソ連のスパイだったのだ。彼自身は議会証言で否定するが、著者は公表されたソ連の暗号電文の解読結果に基づいて、ホワイトがなんと、米国政府の機密情報をソ連に流していたことを明らかにしている。
 総じて本書はブレトンウッズ会議をアメリカ側の視点から捉え、ケインズについてもその卓越性だけでなく欠点を指摘して多面的な人物像を浮かび上がらせている点が新鮮だ。本書はしたがって、ケインズとイギリスに肩入れしがちな日本のブレトンウッズ会議観への「解毒剤」ともなるだろう。
    ◇
 小坂恵理訳、日本経済新聞出版社・4968円/Benn Steil 米外交問題評議会シニア・フェロー、国際経済学ディレクター。著書に『Money,Markets,and Sovereignty』(2010年ハイエク・ブック・プライズ受賞)。

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