書評・最新書評

繁栄の昭和 [著]筒井康隆

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年11月02日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■過去を慈しむ過激な前衛

 冒頭に置かれた表題作では、モダンな二階建ての、法律事務所と探偵社と芸能事務所が入居しているビルで、殺人事件が起こる。法律事務所で経理をしている「私」は、あれこれ推理をめぐらせる。彼女は探偵小説作家「緑川英龍」の大ファンなのだ。緑川が長年のブランクを経て新作に着手したというニュースを知って彼女は胸躍らせている。被害者は三つの事務所の誰も知らない男だった。「私」はビルの構造や、そこに出入りする人々を描写する。そしてふと、この全てが緑川の小説の雰囲気によく似ていることに気づく……。
 「科学探偵帆村」では、戦前の人気作家、海野十三の登場人物である「帆村荘六」が意外な活躍を見せる。最後まで読むと、これまた高名な探偵小説作家の某キャラクターの誕生譚であったことが判明する「大盗庶幾」、作家本人に酷似した人物が俳優として撮影中の暗黒映画を実況中継する「メタノワール」など、いずれも一筋縄でいかない捻(ひね)り具合である。先行する作家や紋切り型のパターンを換骨奪胎するパロディーの手法や、小説の虚構性を前面に押し出したメタフィクション的方法は、筒井康隆のお家芸と言ってよいが、ここには濃厚なノスタルジーが加わっている。繁栄の昭和への懐旧。過去を慈しみながらも尚(なお)、過激な前衛であり続けるという類(たぐ)い稀(まれ)な態度が、この短編集からは感じられる。
 そればかりではない。末尾の「高清子(こうきよこ)とその時代」は、永井荷風のお気に入りの女優だった高清子にかんするエッセーである。いかにも筒井氏らしい好奇心と探究心で、知る人ぞ知る女優の伝記が綴(つづ)られていくのだが、そこに一貫しているのは「妻に似た女優を好きになるというのはどういう精神機構なのか」という問いなのだ。そう、この文章は一種の「愛妻小説」としても読める。だからこそ、ここに併録されているのである。
    ◇
 文芸春秋・1296円/つつい・やすたか 34年生まれ。作家。『文学部唯野教授』『聖痕』など。


関連記事

ページトップへ戻る