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言論抑圧―矢内原事件の構図 [著]将基面貴巳

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2014年11月02日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■今も切実、真の愛国心とは何か

 東京帝大の矢内原忠雄教授が、雑誌での反戦発言などをめぐって辞職に追い込まれた事件(1937年)は、滝川事件、天皇機関説事件と共に、自由主義的知識人への一連の政治弾圧の一コマとされがちである。しかし著者は、歴史を複眼的に見る「マイクロヒストリー」の手法を用い、この事件のさまざまな顔を明らかにする。
 矢内原の反戦論が、社会科学者としてよりも、むしろ敬虔(けいけん)な無教会派の「キリスト者としての使命感」から来たのではないかとの著者の指摘は、この事件が「学問の自由」だけにかかわるものでないことを示す。
 矢内原失脚の要因として、所属学部内の勢力争いや、大学総長のリーダーシップの欠如などが指摘されてきたが、教授処分の権限がどこにあるかにつき、当事者間に誤解があったことが核心だと著者は述べる。大学が十分な自治能力をもたなかったからこそ、権力の介入を招いた面もあるというのである。
 雑誌などで矢内原らを攻撃し、弾圧のきっかけをつくった蓑田胸喜(みのだむねき)は、従来、狂信的右翼として切り捨てられてきた。しかし著者は、蓑田の言説も真剣に受け止め、彼と矢内原との対立は、愛国心をめぐる原理的な相克に由来するという。蓑田らにとって、愛国が「あるがままの日本」の賛美であったのに対し、矢内原は、日本を理想に近づけることこそが愛国だとした。歴史認識をめぐって、厳しいせめぎ合いが続く今、真の愛国心とは何かは、切実な問いであり続けている。
 しかも自由な言論は、一度失われると、失われたことさえ見えなくなる。「沈黙させられている人は、沈黙させられているという事実についても発言することができない」からである。異端宣告された中世ヨーロッパの思想家を専門とする著者からの、これが現代日本へのメッセージである。
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 中公新書・907円/しょうぎめん・たかし 67年生まれ。ニュージーランド・オタゴ大准教授。『反「暴君」の思想史』


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