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渋谷系 [著]若杉実

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年11月09日

[ジャンル]文芸 アート・ファッション・芸能

表紙画像

■今はなき音楽都市へのレクイエム

 渋谷系とは、90年代前半に音楽シーンを席巻した、当時次々と現れた新鋭ミュージシャンによる一連のポップ・ミュージックを指す。なぜ渋谷なのかといえば、彼らが渋谷出身だったからでも、渋谷を拠点に活動していたからでもなくて、彼らのリリースがもっともよく売れていたのが渋谷のCDショップであり、その多くが音楽マニアでもあった彼らが新旧の音盤を買い漁(あさ)っていたのが、もっぱら渋谷だったからである。実際、あの頃の渋谷、特に宇田川町では、古今東西のありとあらゆる音楽を買い求めることが出来たし、隠れた名盤や出来たてホヤホヤの新譜を耳にすることの出来る場所もあった。ジャンルごとに細分化された無数のレコード店と、DJやミュージシャンたちが夜ごととっておきの音を披露するクラブがひしめきあっていた音楽の街、それが渋谷だった。そしてそんな渋谷、渋谷系の渋谷は、今はもうない。
 著者は、主に音楽ライターとして、渋谷系と呼ばれた現象に、リアルタイムでかかわった人物である。本書の第一の特色は、その歴史を繙(ひもと)くにあたって、時間を遡(さかのぼ)って60年代末にルーツを置き、90年代という時代に限定されない渋谷という街の音楽文化の変容を、長いスパンで捉え直している点にある。そのことによって、ともすれば単なる一過性の流行とされがちな渋谷系を、より大きな視点から再評価することに成功している。また、これは著者の個人的嗜好(しこう)によるものだと思うが、ロックやポップスよりも、アシッド・ジャズやレアグルーヴなど、クラブ系の音楽に紙数を多く費やしていることも、これまでの渋谷系論の余白を埋める結果となっている。
 実を言えば私自身、渋谷宇田川町に事務所を構えて、そろそろ20年になる。渋谷は本当に変わった。本書は、かつて世界有数の音楽都市だった或(あ)る街へのレクイエムである。
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 シンコーミュージック・1728円/わかすぎ・みのる 音楽ジャーナリスト。CDやDVDの企画なども務める。

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