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考古学崩壊—前期旧石器捏造事件の深層 [著]竹岡俊樹

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2014年11月16日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■「神の手」断罪だけで何も変わらず

 事情や流儀があるのだから、隣家の夫婦ゲンカには首をつっこまない方がいい。まして一方の主張の鵜呑(うの)みは御法度で、必ず各々(おのおの)に理があるものだ。だから一介の中世史研究者たるぼくがこの本について偉そうに何を語れるか、悩んだ。でも覚悟して書く。
 20世紀最後の四半世紀、旧石器考古学は活況を呈していた。「神の手」が遺跡の古い地層から、次々に旧石器を掘り出したのだ。日本の旧石器時代の始まりは、どんどん古く書きかえられた。発掘は自治体の町おこしと密接に結びつき、経済的利益を生んだ。
 学界は疑問を持たなかった。ごくごく少数を除いては。その一人が本書の著者、竹岡俊樹であり、彼のアドバイスを受容したジャーナリズムによって「神の手」の捏造(ねつぞう)が明るみに出た。竹岡はここで一旦(いったん)、安堵(あんど)する。これで学界は生まれ変わるだろう、と。
 ところが14年がたった今、学界は何ひとつ変わっていない。竹岡は半ば絶望しながらそう断じ、糾弾する。学界は「神の手」一人を罪人とし、誰も責任を取らなかった。偽造を検証したといいながら、石器そのものを検討しなかった。石器を読み解く方法論を確立しなくては、客観的な学問にならないではないか! この竹岡の血を吐くような訴えは、ぼくには至極もっとものように受け取れた。
 圧倒的多数の考古学者は、今日も真剣に発掘に努めている。旧石器考古学の方々。あなたたちは彼らの名誉を守るためにも、明らかにする義務がある。あなたたちは旧石器を解釈し損ねたのか。あるいは「おかしい」とは知りながら利益を優先したのか。竹岡は武士の情けだろうか、それについては明言を避けた。能力に問題があったのか。それともインチキをしたのか。それが問題の核心だろう。
 この本を無視してはいけない。必ず読んで反論してほしい。その時ぼくたちは、居住まいを正して拝読するだろう。
    ◇
 勉誠出版・3456円/たけおか・としき 50年生まれ。共立女子大学非常勤講師(考古学)。『旧石器時代人の歴史』

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