書評・最新書評

じゅうぶん豊かで、貧しい社会—理念なき資本主義の末路 [著]ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー

[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)

[掲載]2014年11月16日

[ジャンル]社会

表紙画像

■蓄積した富で何を実現するか

 本書は、ケインズ評伝で有名なR・スキデルスキーとその子息による現代資本主義批判の書である。彼らはまず、「孫の世代の経済的可能性」と題したケインズの1928年講演の世界がなぜ今、実現していないのかと問う。ケインズは当時の経済成長率や技術進歩率を考慮すれば、百年後には経済問題は解決され、生活の必要性を満たすには僅(わず)かな労働で済むので、人々は余暇を生活の楽しみや創造的な活動に使えるようになると予想した。
 しかし、現実にはそうなっていない。欲望には限りがなく、常に大きな豊かさを求めて労働に、そして成長に拍車がかかるのが資本主義の本質だからだ。富は蓄積されど、それを用いて何を実現するのかは問われない。手段と目的が転倒しているのだ。
 では、所得や富ではなく、幸福を分析の対象として近年注目を浴びる「幸福の経済学」は、この問題を根本的に捉え直すことに役立つのか。著者の回答は残念ながら、否定的だ。そもそも幸福は、幸福の経済学が想定するような「心地よい精神状態の積み重ね」ではなく、何か根本的な「善きもの」を意味し、しかもそれは主観的なものではなく、客観的なものではないかと問題提起する。結論として彼らは、よい暮らしを構成する七つの基本的価値(健康、安定、尊敬、人格または自己の確立、自然との調和、友情、余暇)に行き着く。
 ベーシックインカム、累進支出税、広告費課税、閉鎖経済への移行といった彼らの政策提案は、たしかに論争の余地がある。しかし、我々はすでに「稀少(きしょう)性」の世界から「十分」の世界に移っており、したがって経済学も、「稀少資源の配分問題」を扱う科学から脱却し、すでに十分に蓄積された富の下で、いかに善き社会を構築するかを分析する科学に移行すべきだという著者のメッセージは、大いに傾聴に値する。
    ◇
 村井章子訳、筑摩書房・3024円/ロバートは39年生まれ、英国の経済歴史学者。エドワードは政治哲学者。

関連記事

ページトップへ戻る