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イチョウ—奇跡の2億年史—生き残った最古の樹木の物語 [著]ピーター・クレイン

[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)

[掲載]2014年11月16日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■人類を魅了する「生きた化石」

 イチョウの葉が黄色く色づく季節がやってきた。銀杏(ぎんなん)がおいしい季節もこれからだ。
 日本全国の道路脇に、あるいは神社仏閣の敷地内にイチョウはある。いくら樹木に興味のない人でも、イチョウだけは識別出来るだろう。
 だが、そのイチョウが2億年も前からほとんど今の形で生きており、いまだに花粉管の中で精子をつくるという古代的な生殖方法をとることは知られているだろうか。
 はたまた、かつては世界中に生存していたこの植物が、700万年から500万年前に一度「減退」し、我々ヒトが出現する大氷河時代に「ほとんど絶滅寸前」となって、5万年前ごろには「氷床の影響を免れていた中国南部に散在する谷間」で生きながらえていたことは?
 そしてイチョウはヒトを利用した。特徴ある葉の形で人類を魅了し、種子や油を使わせたり長寿に憧れさせたりしながら、「仏教や道教、儒教において象徴的な存在」となってあの中国南部の「谷間」から抜け出ると、朝鮮半島、日本へと広がっていくのだ。
 私たちが神社仏閣でイチョウを見るのは、その結果である。なぜか東洋人はあの樹木をあがめてしまうのである。
 18世紀、イチョウはついに長崎からオランダへ渡る。今度はヨーロッパ人たちがそれを「東洋の象徴」としてあちこちに植え始める。なんとイチョウはヒトの手によって「数百万年前にいちど消えてしまった土地」に帰還する!
 ここまでで300ページを超える大著の、冒頭の20ページを要約したに過ぎない。著者は植物学的に、考古学的に、比較文化的にイチョウを縦横無尽に語る。そこには明治時代に「泳ぐ精子」を発見した日本の平瀬作五郎も、化石研究で1億数千万年前のイチョウの仲間の分布を証明した中国の周志炎も出てくる。
 イチョウもすごい。
 が、こんな書物をなす著者を含めて人間もなかなかだ。
    ◇
 矢野真千子訳、河出書房新社・3780円/Peter Crane 54年、英国生まれ。米イェール大学林学・環境科学学部長。

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