書評・最新書評

伊藤熹朔 舞台美術の巨人 [編]俳優座劇場

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2014年11月30日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■職人芸に終わらず理論を確立

 伊藤熹朔が逝ってから47年である。その職業名は、(1)舞台装置家(2)セットデザイナー(3)ステージデザイナー(4)舞台美術家というのだが、今では(5)セノグラファーと呼称するそうだ。どうあれ日本の舞台美術理論を確立したのは伊藤であることは間違いない。一方で俳優座劇場の創設に尽力、初代社長も務めた。
 伊藤が舞台美術家として書いていた稿や他者の伊藤評などを本書はまとめたのだが、とくに1938年から41年ごろにかけての評論が多い。精力的に活動していたころの舞台美術論が力強く、かつ説得力をもっている。
 たとえば「舞台装置」という一語で語られる大道具、舞台照明、そして小道具などを丁寧に定義したうえで、舞台装置とはどのような概念をもつのか、を10項目あげて論じつくす。その第1項は「舞台装置は演劇の一部分である」とし、舞台装置そのものの神髄を理解するには、「演劇全般の知識が必要であり、又(また)それが全体の一部であることを認識する事が必要」と訴えている。
 第6項「舞台装置は俳優の心理的場所である」では、舞台装置は「登場人物に『たましい』を入れる手助けをしなければいけない」と書く。舞台美術を単に職人芸に終わらせてはいけない、全人格を投入しての表現者たれと説いているかのようだ。こういう論を41年に発表しているのだが、確かに舞台美術の先達として、映画界にも関わった識見が随所にあらわれている。
 伊藤は兄弟9人(千田是也〈せんだこれや〉は実弟)、姉妹3人の五男だが、兄弟姉妹はそれぞれの分野で一家を成した珍しい一族である。築地小劇場時代から土方与志(ひじかたよし)を始め作家、画家などと交わり、その人間的ふくらみが伊藤理論の根底にあることがわかる。本書には伊藤の舞台装置図が約300枚掲載されているが、トルストイの「復活」第2場などの重厚さに驚かされる。
    ◇
 NHK出版・2268円/伊藤熹朔が初代社長を務めた俳優座劇場の開場60周年を記念して、出版された。

関連記事

ページトップへ戻る