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馬の自然誌 [著]J・E・チェンバレン

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年11月30日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■人との歩み、縦横無尽に考察

 かつて私たちは馬の力に依拠して生きてきた。農耕だけでなく移動も戦争も、馬がいなければ成し遂げられなかったことは多い。アレクサンドロス率いるマケドニア軍で最重要の軍備は馬であった。彼は馬を大事に扱い、週に一度の放牧休暇をとらせ、収穫期に合わせて、つまり馬の餌を確保できるようにスケジュールを組み進軍したという。ウマがいなければ彼は覇者になれなかったと言えよう。
 鉄道ができ、自動車や戦車、飛行機の発明と普及により、現在の馬は、人類にとってなくては生活がたちゆかない、という存在ではなくなった。街はもちろん、田園からも馬は姿を消し、日本に現在生存する馬のほぼ九割がサラブレッド、つまり競馬の競走馬である。馬と言えば騎手を乗せ馬場を競走する姿を思い浮かべる人がほとんどであろう。
 本書は馬の生態や優れた能力を説明するとともに、有史以来、馬がどのように生き、人と関わってきたのかを考察する。人がまだ馬を道具として利用する以前に野生馬を追い込んで肉を食べていた頃から、馴(な)らしてはみや紐(ひも)や鞍(くら)をつけ、荷物や荷車を曳(ひ)かせたり、人を乗せるようになってからは戦争だけでなく狩猟にも使われてきた。
 他の家畜と比べても馬は図抜(ずぬ)けて用途が複雑多岐にわたる。人々に愛され、芸術の対象にもなった。しかも世界ほぼ全域で濃密な文化を築いてきた。本来単行本一冊で書ききれるテーマではない。
 著者は膨大な知識と馬への愛を駆使して、アメリカ大陸における先住民、イスラーム、ペルシャ、モンゴル、アフリカ少数民族、ヨーロッパ、中国などなど、地域も文化も時代も攪拌(かくはん)するかのように引き出しては自由に比較し、この難題を成し遂げている。
 莫大(ばくだい)な電力を使う暮らしに慣れきった現在、いま一度馬力と共に生きてきた人類の営みを知ることで、未来の生き方を考えたい。
    ◇
 屋代通子訳、築地書館・2160円/J.Edward Chamberlin カナダ生まれの文学者。トロント大学名誉教授。

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