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「孝謙・称徳天皇」書評 制度変革試みた大胆な女性天皇

評者: 原武史 / 朝⽇新聞掲載:2014年12月07日
孝謙・称徳天皇 出家しても政を行ふに豈障らず (ミネルヴァ日本評伝選) 著者:勝浦 令子 出版社:ミネルヴァ書房 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784623071814
発売⽇: 2014/10/10
サイズ: 20cm/345,7p

孝謙・称徳天皇―出家しても政を行ふに豈障らず [著]勝浦令子

 東京・大手町にある和気清麻呂(わけのきよまろ)像は、紀元2600年に当たる1940年に建てられ、「万世一系」の天皇の血統を守った忠臣として、清麻呂を称(たた)えている。その背景には、僧侶でありながら天皇になろうとした道鏡を逆賊と見なす歴史観がある。
 道鏡を自らの後継者にしようとした女性こそ、称徳天皇にほかならない。この女性は、奈良時代に2度天皇になっている。1度目は孝謙天皇、2度目は称徳天皇として。しかし平安時代以降、孝謙・称徳天皇は道鏡との男女関係におぼれた淫乱な女性という言説が広がってゆく。
 本書によれば、こうした言説は女性天皇を否定するために作り出された臆説にすぎない。それは同時に、孝謙・称徳天皇が歴代のどの天皇もなし得なかった、天皇制の大胆な変革を試みたことを物語っている。
 孝謙・称徳天皇は、聖武天皇と光明子(こうみょうし)(光明皇后)という傑出した天皇と皇后の第1子として生まれ、仏教経典の『最勝王経(さいしょうおうきょう)』を写経するなど、両親からの影響を受けつつ21歳で史上唯一の女性皇太子となる。そして32歳で天皇となるや道鏡を重用して出家し、男装した「変成男子(へんじょうなんし)」となることで、女性としての限界を克服する。
 当然、孝謙と道鏡の体制に危機を感じて男性天皇の復帰をもくろむ勢力もあり、孝謙はいったん淳仁天皇に譲位する。だがまもなく淳仁を廃位させ、再び出家したまま称徳天皇となる。
 称徳天皇は、道鏡を法王にする一方、多くの女性を登用した。天平神護元(765)年には、位階が男性54人に対し女性44人に、勲等が男性28人に対し女性15人に授けられている。この数字を見ても、称徳がいかに画期的な天皇であったかがわかろう。
 それだけではない。仏教ばかりか神祇(じんぎ)や儒教にも精通したこの女性天皇は、歴代天皇のなかでも珍しい政治思想家であった。たとえ血統を受け継がなくても、「天」が授ける者であれば天皇になれるとする思想は、「万世一系」を否定する論理を兼ね備えていた。本書の白眉(はくび)は、その思想に到達するまでに孝謙・称徳天皇がいかに研鑽(けんさん)を重ね、自らを加護する神仏について考え抜いたかを生き生きと描き出したところにある。
 道鏡を天皇にしようとする称徳の野望は、宇佐八幡に送られた和気清麻呂が、それを否定する神託を受けたと報告することで、はかない夢と消えた。しかしもし宇佐八幡が、称徳が期待する通りの神託を下していたら、日本も中国や朝鮮のように王朝が交代する歴史を歩んでいたに違いない。本書からは、そうした歴史のイフを探る楽しみも湧いてくるのだ。
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 ミネルヴァ書房・3780円/かつうら・のりこ 51年生まれ。東京女子大現代教養学部教授。専攻は日本古代史。博士(文学)東京大。高知女子大助教授などを経て現職。著書『女の信心』(女性史青山なを賞)、『日本古代の僧尼と社会』など。