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人間、やっぱり情でんなぁ [著]竹本住大夫

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2014年12月07日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■人間の真実詰まった文楽を体現

 文楽(人形浄瑠璃)は、江戸時代の大坂で生まれ、現在まで上演されつづけている芸能だ。大夫、三味線、人形遣いの三業から成り、物語を通して、人間関係の複雑な情感を描きだす。現代人が見ても心を揺さぶられる、一大エンターテインメントだ。
 竹本住大夫は、文楽の大夫を六十八年間務め、今年五月に、多くのファンに惜しまれながら引退した。現代の文楽を代表する最高峰の大夫であり、情感あふれる語りで、文楽の魅力と真髄(しんずい)を観客の心に刻みつづけてきたひとだ。
 そういう偉大な大夫が、これまでの人生と芸について語ったのが本書だ。修業時代の厳しい稽古の様子。芸に対する真摯(しんし)な姿勢。「気合いを入れ直して生きます!」と、我が身を省みてぶるぶる震えてしまうような、重い言葉が満載だ。しかし、決して説教臭くはない。
 謹厳実直なだけではないのが、住大夫師匠の魅力なのだ。爆笑エピソードもてんこ盛りで、「毛の生えた動物」全般が苦手な師匠は、なんと「毛布」すらも身辺から遠ざけ、真冬も使用しないことが判明。まさに、毛を毛嫌い。「師匠、毛布は動物じゃないので、掛けても噛(か)みついてこないです」と、思わず本に向かって話しかけてしまった。
 師匠が幼少期を過ごした、大正末から昭和初期にかけての大阪の情景も活写され、風俗や町並みについての貴重な証言にもなっている。「語り」のプロだけあって、とにかくすべての言葉が生き生きとしており、町のにおいまでもが感じられるようだった。
 文楽をまだ見たことがないかたにも、ぜひ本書をお読みいただきたい。「こういう魅力的なひとが、人生をかけて追求している文楽って、どんな芸能なんだろう」と、きっと興味が湧くはずだ。真剣で、でも笑えて、人間の真実が詰まっている。竹本住大夫は全身で、生きかたで、文楽そのものを体現している。
     ◇
 文芸春秋・1836円/たけもと・すみたゆう 24年生まれ。元人形浄瑠璃「文楽」大夫。2014年に文化勲章。


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