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キリスト教とローマ帝国―小さなメシア運動が帝国に広がった理由 [著]ロドニー・スターク

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2014年12月07日

[ジャンル]人文

表紙画像

■初期信徒は中・上流の都市住民

 ここ数年、不思議に思っていたことが二つある。一つは1215年にローマ・キリスト教会が利子率を容認してわずか50年後に生まれた詩人ダンテは、なぜお金を「神の僕(しもべ)をして道を誤らせる花」と言い、これに執着する人を「強欲」だと批判したのか。
 第二に、キリスト教は霊魂を資本主義はモノを「蒐集(しゅうしゅう)」することで社会秩序を維持してきたが、ローマ・カトリックと資本主義との間には一体どういう関係があるのか。
 本書を読んで、二つの疑問の答えが実は同じことに起因するのだとわかった。
 キリストの死から3日後、キリスト教はユダヤ教内の「セクト」から新しい「カルト」運動へと変化したとされる。近年の新約聖書歴史学の流れでは、その基盤を「中流ないし上流階級」に求めている。俗に言われる庶民の「奇跡的な」集団改宗があったわけではなく「離散ユダヤ人にかぎらず(略)4世紀まではユダヤ人が大きな源としてキリスト教徒への改宗者を供給し」、紀元40年の帝国内に1千人(人口比0・002%)だったキリスト教徒は350年には3400万人(同56・5%)へと急速に普及した。
 都市に住んだ上流層であったキリスト教徒の中から、貨幣経済化が進んだ13世紀以降、資本家になって成功した者が多数出たと考えられる。「蒐集家たちの層序の頂点」に立つ支配層はキリスト教徒であり、同時に資本家でもある。彼らが「命も金も」と要求したことで「蒐集」は際限のない「強欲」となった。
 本書によると、キリスト教がギリシャ・ローマの多神教に勝利したのは「カルト過多」な多神教の神殿が「絢爛(けんらん)豪華」となり、維持するのに金がかかったせいだ。と同時にキリスト教の「教義」が危機や苦難に打ち勝つすべを教えたからだと著者は強調する。
 モノ的には超「過剰」、しかも「教義」はない日本。その将来が心配になってきた。
     ◇
 穐田(あきた)信子訳、新教出版社・3456円/Rodney Stark 米国の宗教社会学者。


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