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科学・技術と現代社会(上・下) [著]池内了

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2014年12月14日

[ジャンル]科学・生物 社会

表紙画像

■研究者の倫理問う、著者畢生の科学論

 科学と社会の関係について積極的に発言を続けてきた著者の集大成。池内了、畢生(ひっせい)の科学論である。
 この宇宙物理学者は、1995年の地下鉄サリン事件をきっかけに、科学の社会的側面に関心を持ち始めた。それから20年。真摯(しんし)に、誠実に、この問題に向き合ってきた思考の神髄がここにある。科学と科学者の文化的・倫理的成熟が必須であるという、その論旨の直球ど真ん中っぷりが清々(すがすが)しい。
 論点は多岐にわたる。75ページに及ぶ長い序章は、福島の原発事故について。以後、科学と技術の関係、科学と技術の歴史、戦争と科学、エネルギー問題、環境問題、生命技術、情報化技術など、およそ科学・技術と社会の関係と言ったときに含まれる、ありとあらゆるテーマが論じられている。
 自然科学の背景をもつ研究者が、ひとりでこれだけ多くの社会的問題について思考を深め、見解をまとめて開陳した事例は、今の日本では珍しい。単独の著者による視点が貫かれているからこそ、全体を覆う構造的な問題が浮かび上がってくる。その意義は大きい。
 一方で、扱う範囲が広くなれば、当然、出来不出来がばらつく。誤りも散見される。放射線防護のICRP(国際放射線防護委員会)基準についての記述は首をかしげるところがあるし、情報化社会への考察も目新しさはない。
 だが、こういった瑕疵(かし)は、全体の論旨を大きく損ねるものではない。本書全体の厚みと充実した内容に比べれば、目くじら立てる必要はないだろう。
 むしろぼくが問題にしたいのは、筆者にとっての「善」とは何か、そしてそれを実現するための駆動力と方法は何か、である。
 「〜するべきである」「〜ねばならない」、という著者の論理は正当なものだが、読み進めるうちに息苦しさのようなものを覚えるのも事実だ。著者は、この社会と人類がどこに向かう「べき」だと考えているのだろうか? そして、その目標はどうすれば読者と共有できるのだろうか?
 著者は専門家の倫理観を拠(よ)り所としつつ、科学者が市民と科学の媒介役になるという提案をしている。それはそれで良い。だが、科学者ではない市民や生活者たちは、この問題にどのように関わっていけばいいのか? また、科学者や技術者の倫理観と社会的態度を涵養(かんよう)するには何が必要なのか? 著者が理想とする規範や社会を実現するためにはどうすればいいのか? これらを実現する方途と道筋は読者に委ねられたままである。
 ぼくたちは、この本を読み終えたところから、さらに先に進まなければならないのだろう。そのための橋頭堡(きょうとうほ)として、しかと受けとめるべき重みをもった本である。
    ◇
 みすず書房・上下各4536円/いけうち・さとる 44年生まれ。宇宙物理学者。名古屋大学名誉教授。著書『お父さんが話してくれた宇宙の歴史1〜4』『科学は今どうなっているの?』『宇宙論と神』『転回期の科学を読む辞典』『寺田寅彦と現代』など。


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