書評・最新書評

古事記―日本文学全集01 [訳]池澤夏樹

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2014年12月21日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■脚注と文体、野心的な新訳

 「日本文学全集」の第一巻として、この全集の個人編集を手掛ける池澤夏樹自身の訳による『古事記』が登場した。日本最古の「文学」といわれる『古事記』の現代語訳には幾つもの偉業が存在しているが、本書の試みはまったくもって野心的である。挑発的と言ってもいいかもしれない。
 八世紀のはじめ、太安万侶(おおのやすまろ)が元明天皇の命によって編纂(へんさん)し献上した、この国の成り立ちと進みゆきを纏(まと)めた書物が『古事記』である。本書の冒頭で池澤は、太安万侶への手紙という形式で翻訳の方針を述べている。脚注を全面的に導入して語彙(ごい)や語源を補足・解説すること。文体はオリジナルの語調を尊重しつつも思い切って今風にすること。主にこの二点によって、池澤版はこれまでの『古事記』訳とは大きく異なる風情を獲得することになった。
 イザナキとイザナミの会話は、こんな具合。「きみの身体はどんな風に生まれたんだい」「私の身体はむくむくと生まれたけれど、でも足りないところが残ってしまったの」「俺の身体もむくむくと生まれて、生まれ過ぎて余ったところが一箇所ある。きみの足りないところに俺の余ったところを差し込んで、国を生むというのはどうだろう」「それはよい考えね」。万事がこの調子で、なんだかくすぐったくなってくる。『古事記』は上中下巻から成り、創世神話・伝説から歴史・記録へと徐々に移行してゆく。その記述は、膨大な名前(漢字の羅列による長い長い名前)の連鎖と、神=人が折々に詠む歌謡が大半を占めている。池澤の脚注は先達の研究を踏まえつつも、大胆な推論や想像を恐れず、千三百年も昔の書物に現在からの視線を充てることに挑戦している。
 『古事記』は日本人なら誰でも知っている。だが読み通したことのある人は少ないのではないか。だが本書なら大丈夫。読み出したら止(や)められない。
    ◇
 河出書房新社・2160円/いけざわ・なつき 45年生まれ。作家、詩人。『世界文学全集』の個人編集、『カデナ』など。

関連記事

ページトップへ戻る