書評・最新書評

夜また夜の深い夜 [著]桐野夏生

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2014年12月21日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■心の闇を癒やす不幸また不幸

 生活への不安。満たされない焦燥。それらを他者にわかってもらえない絶望。
 桐野夏生の作品を読むとき、自分の中に燻(くすぶ)る闇が、じんわりと解放される。なぜだろう。これまでの作中に、幸福そうな主人公がいた記憶はない。誰が見ても悲惨などうにもならない状況で生きる者から、傍(はた)から見れば恵まれた環境であっても孤独や嫉妬にもがき苦しむ者まで。まるで不幸の大博覧会といった具合。
 本作の舞台はナポリ。主人公の少女舞子は日本人の母親とスラム街でひっそりと暮らす。何かから逃亡しているように見える母親は整形を繰り返し、少女に事情を語らない。国籍もなく、本当の名前も父親も不明。虐待と呼んでさしつかえない状況下から飛び出し、ナポリの地下で出会うのは、リベリアの内戦を逃れてきた少女と、両親に捨てられモルドバの施設を追い出された少女。祖国自体が貧困および不安定にあり、とてつもない修羅場を潜(くぐ)り抜けてきた。最底辺でのたうち、なんのセーフティーネットもないまま、マフィアの搾取からすり抜け、力強く生き抜いている。
 三人の少女たちは、寄り添うように生きながら、お互いに抱え込まされた不幸を比べ合う。日本は経済的にも政治的にも安定していて、上記の二国に比べれば、国民はまともな生活を享受できているはずなのに、舞子に手を差し伸べる者はいない。彼女の「自己責任」ではないはずなのに。
 後半、母親の謎が明らかになるにつれ、舞子が背負う日本ならではの、埒外(らちがい)にいる人間に対する冷淡さ、生き辛(づら)さが浮かび上がってくる。
 心が締め付けられるような不幸が、これでもかと大量に冷徹に描かれるなかで、どうして私は癒やされてしまうのか。それは説明しようのない辛さ、誰にもわかりえない、どんな光も届かない不幸すらも描いてしまう著者に深いやさしさを感じるから、なのかもしれない。
    ◇
 幻冬舎・1620円/きりの・なつお 『柔らかな頬』で直木賞。『OUT』『グロテスク』『魂萌え!』など。

関連記事

ページトップへ戻る