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理不尽な進化―遺伝子と運のあいだ [著]吉川浩満

[評者]島田雅彦(作家・法政大学教授)

[掲載]2014年12月21日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■絶滅と繁栄、分かれ道の無常

 「進化」は「弱肉強食」というコトバとほとんどセットになっており、社会ダーウィニズムの通俗解釈に基づいて、資本の原理や効率主義の正当化に使われたりする。どんな種も生き残りを懸けた熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜いた結果、「自然淘汰(とうた)」や「適者生存」が行われたという認識に基づいて、常に勝者が正しいといった歴史認識上の短絡も生じた。
 本書はまずかつて地球上に生息した生物種の九九・九%が絶滅したという古生物学の知見から出発し、絶滅に至った様々な要因を検証しつつ、淘汰の理不尽さが語られる。絶滅と繁栄を分けるのは単なる運でしかない。その奇跡に感謝するか、残酷極まる生命史を呪うか、自分が生き延びた罪悪感から絶滅した種に祈りを捧げるか、そのスタンスによって、「進化論」の解釈や活用法は大いに違ってくる。進化論は生物学の世界だけでも主流派と非主流派を生み出し、別領域でも様々な分派、異端を生み出す源にもなった。「自然の説明」と「歴史の理解」の中間に位置する進化論は、要素還元しきれない問題を常に提起するし、生命史の理不尽さに対する自己認識を常に要求する。
 多領域で用いられる「適者生存」というコトバの用法やトートロジー的本質を検証しつつ、グールドやドーキンスらダーウィン以後の進化論専門家による論争をなぞるが、それだけならば、本書は非常によくできた進化論ガイドブックにとどまる。しかし、筆者の筆はよく走り、時には哲学的、随想的逸脱も恐れず、この理不尽さに向き合った結果、さわやかな無常観が浮かび上がってくるのが面白かった。
 カントの著作に『人類の歴史の憶測(おくそく)的起源』という創世記神話を考古学的に読み替えた論文があるが、本書は『種の起源』を生物学の要素還元主義にとらわれず人文科学的なオープンスタンスで論じた結果、多くの思考のヒントを供する寓話(ぐうわ)に仕上がっている。
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 朝日出版社・2376円/よしかわ・ひろみつ 72年生まれ。山本貴光との共著で『心脳問題』『問題がモンダイなのだ』。

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