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いと高き貧しさ―修道院規則と生の形式 [著]ジョルジョ・アガンベン [訳]上村忠男・太田綾子

[評者]杉田敦(政治学者・法政大学教授)

[掲載]2014年12月21日

[ジャンル]人文

表紙画像

■所有権を否定して生きる試み

 ヨーロッパで発達した修道院は、厳格な規律で知られる。厳密な時間管理の下、共同の労働に勤(いそ)しむ姿は、産業化されたわれわれの社会にまでつながっているように見える。
 しかしながら本書で、イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンは、初期のフランシスコ会修道院での実践が、消費社会的な現代文明とはかけ離れた、もう一つの生のあり方を示していたとする。
 『ホモ・サケル』『例外状態』などの著作で、著者が一貫して追究したのは、法とは何かという主題である。とりわけ、法はその外部さえ内部に取り込むしぶとさを備えているとされた。
 本書でもその主題は受け継がれる。罰則をもつ修道院規則は法に類似しているし、共同体を新たに創設するという意味では、政治社会をつくる憲法のような役割をもつ。しかし、法が人の個々の行為を問題にするものであるのに対し、修道院規則は、人の生き方の全体にかかわるので、両者は根本的に異なると言うのである。
 「修道士は個別の行為に対して義務を負うのではなく、むしろ神の意思を自らのうちで生きる義務を負う」。かくしてフランシスコ修道会は、主キリストがあえて「貧しさ」を生きた後を追って、所有権を正面から否定するという選択をした。
 しかも彼らは、所有権が否定されても、必要な物資の「使用」は妨げられないというラジカルな主張をした。所有権などなくても、生きてゆく上で最低限の食べ物などを確保する権利があるとしたのである。
 このように法の外部に出ようとする試みは、教皇などに攻撃され、結局は所有権を正当化する法的文脈の中に回収されてしまう。しかし、歴史の闇の底からここに発掘された物語は、所有権の暴走が格差を生み、人びとの生存さえ脅かされつつある今、深く心に訴えかけてくる。
    ◇
 みすず書房・5184円/Giorgio Agamben 42年生まれ。哲学者。『人権の彼方に』など。

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