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見てしまう人びと―幻覚の脳科学 [著]オリヴァー・サックス

[評者]三浦しをん(作家)

[掲載]2015年01月11日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■なにが「現実」か、脳の不思議

 多くのひとが、自分の目は現実に存在するもののみを映しだしている、と信じている。ところが実際は、かなり多くのひとが「幻覚」を見ているらしい。本書では主に、当人も幻覚(や幻聴や幻肢〈げんし〉)だとわかっているのだが、それでも「見える」(あるいは「聞こえる」「感じる」)という事例が、多数紹介されている。
 たとえば、視力を失って数年経つおばあさんが、突然「東洋風の衣装を着た人たち」が見える、と言いだす。これは「シャルル・ボネ症候群」といって、しばしばあることらしい。失った視力の代わりに脳が紡ぎだした光景、つまり幻覚なのだ。なんで「東洋風の衣装を着た人たち」がいる光景を紡ぎだす必要があるんだ、と脳を問いただしたいところだが、このおばあさんの場合は、なぜかそういう幻覚だったのだ。
 入眠時に幻覚を見るケースも多く、「模様と形が万華鏡のようにたえず変化し続け」などの証言が集められている。ここを読んで、「えっ」と思った。それなら私も、寝しなにけっこう見ています!みんな見てるのだろうと思っていた……。ちなみに私は、極度の寝不足に陥ると、オーケストラが奏でているような音楽が聞こえるのだが、こういう幻聴の事例も本書で報告されている。よかった、私だけじゃなかったのね。仲間がいる心強さよ。
 語られる幻覚が多種多様でおもしろいし(本人は困惑し、恐怖を感じている場合もあるが)、脳の不思議さ、人間の認識がいかにあやふやなものであるかが、とてもよくわかる。また、宗教の起源や神秘的体験にも、幻覚や幻聴は深く関わっていそうだ。と言ってしまうと、ロマンがない感じになるが、ひとの心、すなわち脳自体が、充分(じゅうぶん)にロマンあふれる謎の物体なのだと痛感させられた。
 なにが「現実」なのやら、自信がなくなってくるなあ。
    ◇
 大田直子訳、早川書房・2484円/Oliver Sacks 33年生まれ。脳神経科医、作家。ニューヨーク大学医学部教授。


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