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アルピニズムと死―僕が登り続けてこられた理由 [著]山野井泰史

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2015年01月11日

[ジャンル]新書

表紙画像

■死の危険漂う妥協なき人生

 山野井泰史が日本登山史上、最も傑出したクライマーであることに異論をはさむ者はいないだろう。単純な登攀(とうはん)技術なら彼より優れている者が何人かいる。しかし彼ほど死の危険を漂わせた者はいない。登山とは死の危険なるものが優劣の尺度になる唯一の行為であり、彼が傑出しているのは生き残っているからである。本書は短い本だが、山野井泰史が過去四十年間の登山活動で邂逅(かいこう)した死の経歴をつづったような内容になっていて、私は顔を強張(こわば)らせ、手に汗をにじませながら通読した。
 最初に語られるのは中学生の時に千葉の鋸(のこぎり)山の小さな岩壁で体験した墜落のことだ。この時、登攀に行き詰まった少年はもろい岩を抱えて空中を舞った。城ケ崎海岸で墜落したパートナーを両手で受け止めて大けがしたこともあれば、腕の中で他人が白目をむき痙攣(けいれん)して死んだこともある。世界的なビッグクライムに成功したことや、何本もの指を失った有名なヒマラヤでの生還劇など、どれをとっても彼の人生には常に死がまとわりつき、絶えずそれを意識することで生き残ってきた。
 山に登らない一般の人はこの本を読んで何を感じるだろう。それはたぶん狂気だと思う。妥協せずに生き抜くことを選択した人生は、それをしなかった者の目には狂気にしか映らない。山であれ何であれ、生を希求すればするほど、その人は死に近づくことになるからだ。
 淡々と率直な表現で紡がれる彼の文章は美しい。だが、その美しさは冬山の美しさと同じである。言葉の一つ一つに、切れ落ちた岩壁の中で的確に選ばれたロックピトンのような確かさがある。彼の文章は彼のクライミングそのものだ。研ぎ澄まされていて、張りつめた糸のような緊張感があり、恐ろしい。
 刺激とか憧れとか、そんな生易しい感情ではなく、人間存在の極限まで行こうとする姿に慄然(りつぜん)とするだろう。
    ◇
 ヤマケイ新書・821円/やまのい・やすし 65年生まれ。2000年、K2の南南東リブを単独初登攀など。


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