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「立入禁止」をゆく―都市の足下・頭上に広がる未開地 [著]ブラッドリー・L・ギャレット

[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)

[掲載]2015年01月18日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■強硬な都市探検で、真の姿を多角的に

 以前、新聞記者をしていた時に埼玉県の地下水路を探検したことがある。住宅地を流れる都市河川の源流を探り、記事にするのが名目だったが、本音は単に覗(のぞ)いてみたいだけ。電灯を頼りに壁に囲まれた暗闇の中を進み、水の深い所はボートで越えた。ゲリラ豪雨にやられたら溺死(できし)は免れず、デスクの首が飛ぶことは必至だったが、個人的には面白い取材だった。
 崩れゆく廃虚、知られざる地下水路、人間にはそうしたものに惹(ひ)きつけられる傾向がある。本書は市民の日常生活からは見えない都市空間に足跡を残した欧米の探検家たちの活動の物語だ。
 野晒(のざら)しとなった工場や建設直後の高層ビル、巨大な高架橋やビクトリア朝時代に建設された下水路網など、彼らは実に様々な場所に入りこんでいる。無論、許可はなく、やり口も錠前をピッキングし作業員姿で工事関係者を装ってロープで勝手に侵入など、盗賊団さながらだ。活動報告にも極めて積極的で、想像し得る限りの隙間に潜りこみ、都市のあらゆる姿をブログや写真で公開する。当然、無断で侵入するわけだから当局の摘発と常に背中合わせだが、そのことが彼らに行動を躊躇(ためら)わせる要因には決してならないのである。
 恐らく読者の多くは何故そこまでして? と疑問に思うだろう。私も思った。同じ探検なら極地や山岳のほうが面白いのではと。
 だが著者によると探検されなければならないのはむしろ都市である。都市探検の意義は市民に自分たちの都市の真の姿を認識させることにある。言われてみると都市とは人間の身体のようなものだ。我々が普段の生活で内臓器官の状態を把握できないのと同様、都市の内部構造や病巣も探検されないと分からない。探検で市民は新たな視点を獲得し、都市を多角的に捉えることができるのだ。
 それにしても思ったのは、日本人にここまで強硬な都市探検は可能だろうかということだった。
 彼らの行動の裏には公共の空間に市民がアクセスできないのはおかしいという強固な信念があるように思える。つまり民主的な社会ではあらゆる秘密は暴かれるべきだという共通理解が、彼らの行動とそれに賛同する市民の側にある。その意味で都市探検は非常に政治的だ。そこには自由と権利は個人の力で獲得すべきものという欧米の伝統的理念が反映されており、それが法律を破ってまで建造物に侵入するという日本では到底是認されないような行動に正当性を与えている。
 何にせよこの本を読んで以降、私は道端のマンホールの蓋(ふた)が気になって仕方がない。この下には一体どんな空間が広がっているのだろうかと。
    ◇
 東郷えりか訳、青土社・4536円/Bradley L.Garrett オックスフォード大学の研究者、ライター、写真家。カリフォルニア大学で人類学を学び、オーストラリアなどで働いたのち、都市探検家として米欧の立ち入り禁止の都市空間を撮影している。

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