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自然主義と宗教の間―哲学論集 [著]ユルゲン・ハーバーマス

[評者]水無田気流(詩人・社会学者)

[掲載]2015年01月18日

[ジャンル]人文

表紙画像

■新たな寛容の作法を探求する

 本書を読み進める最中、パリの新聞社襲撃事件の悲報を聞いた。悲劇の根幹には、宗教共同体的な「善」と、民主主義国家の「正義」との深い亀裂が横たわっているのを再認した。近代国民国家の輝かしき表通りの地下には、あらかじめ宿命づけられた暗渠(あんきょ)が広がっている。それは、文明史とともに古く、強固な根をもつ。
 今日の世界では、行き過ぎた科学主義による「自然主義」が流布していると、著者は述べる。たとえば、生物発生学や脳研究は自然を客観化し「世界像」へと変え、人間自身をも操作可能な道具と見立てる。他方、宗教共同体は宗教意識を再活性化させ、政治化していく。人工中絶や同性愛への態度は、信仰の問題からしばしば政治的争点となる。これらは西洋近代の「ポスト形而上学(けいじじょうがく)」的な思考枠組みへの批判であり、合理化によりもたらされた「世俗化」に対する反発でもある。
 近代化が内包する啓蒙(けいもう)のプロジェクトを考察したフランクフルト学派の矜持(きょうじ)として、著者は自然主義を啓蒙の無批判な継承、宗教的共同体を啓蒙の断絶ととらえ、その両者を架橋する新たな理論を探求する。訳者が指摘するように、本書ではかつて著者が帯びていた反宗教的なイメージは払拭(ふっしょく)され、宗教的共同体のエートスは豊かな源泉、「意味創出」の資源の一つとしてとらえ直されていく。その際に、宗教改革の時代にドイツ語圏に取り入れられた「寛容」概念の今日的位置づけを検証し、世俗的市民と宗教的共同体との対話可能性を模索していく。「偉大な諸宗教は理性そのものの歴史に属する」というヘーゲルの命題を冒頭に掲げ、本書は問いかける。異なる文化背景をもち、理性的には一致できない者同士でも、互いの信念に基づき生活を構成するために、何が成し得るのか。価値をめぐる闘争史に、終幕は訪れるのだろうか。その可能性を丁重に考証する姿勢に敬意を表したい。
    ◇
 庄司信ほか訳、法政大学出版局・5184円/Jurgen Habermas 29年生まれ。ドイツを代表する哲学者、社会学者。

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