書評・最新書評

毛利元就—武威天下無双、下民憐愍の文徳は未だ [著]岸田裕之

[評者]本郷和人(東京大学教授・日本中世史)

[掲載]2015年01月25日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

■戦国の巨人にストイックに挑む

 広島県の西半分を、かつて安芸国といった。同国の国人領主(小大名ほどの存在)から身を起こし、安芸一国の主(あるじ)となり、やがては中国地方一帯に影響力を及ぼす大大名にのし上がる。一代でそれを成し遂げたのが、戦国大名・毛利元就であった。本書は彼の生涯に肉薄していく。
 元就は時代を代表する成功者だったから、江戸時代には物語が多く作られた。著者はそれらを潔く、ゴミ箱に捨てる。創作や臆測が含まれているから(だから本書には、有名な厳島合戦の顛末〈てんまつ〉は出てこない!)。信頼度が低い素材ではなく、膨大な古文書・記録や綿密な現地調査だけ。良質な資料を以(もっ)て、著者は巨人・元就に挑む。おまえは何者であったか、と。そのストイックな姿勢がすがすがしい。
 本書は元就の「政治」「経済」「意識」を解明する三部構成になっていて、それぞれが著者の個別の研究書を基礎にもつ。第一部では毛利家の成長を跡づけながら、その過程でいかにして「法による統治」が行われていったかを探る。第二部では海や河川などを舞台に活発な経済活動を行う領主(たとえば村上水軍)のありようを復元しながら、毛利家が彼らとどう付きあい、あるいはどう取り込んでいったかを示す。
 第三部こそは、本書の白眉(はくび)である。元就は戦国大名の中で飛び抜けて、(書状のかたちで)肉声を後世に残してくれた。著者は丹念にそれを読み込み、大名・元就の思考を明らかにする。毛利領国という「国家」と京都を中心とする「天下」の関係が、主君に求められる器量が、人材登用の要諦(ようてい)が、統治のあるべき姿が、元就の生の声をなぞりながら語られていく。
 著者は長く毛利家を研究してきた。本書はその上澄みであり、枢要である。一書の中に良心的な研究者の何十年もの歳月が詰まっている。こうした本にめぐりあえることは、読書の喜びに他なるまい。
    ◇
 ミネルヴァ書房・4104円/きしだ・ひろし 42年生まれ。広島大学名誉教授(日本中世史)。『大名領国の経済構造』。

関連記事

ページトップへ戻る