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偽装された自画像—画家はこうして嘘をつく [著]冨田章

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2015年01月25日

[ジャンル]人文

表紙画像

■自らを死者としてさえ描く確信犯

 なぜ画家は自画像を描きたがるのだろう。という僕も例外ではない。自画像を描くことは自らを「偽装する」ことで「画家はこうして嘘(うそ)をつく」と本書は断言する。
 ちょ、ちょっと待って下さい。絵画は画家の本性を映す鏡として、画家が如何(いか)に偽ろうと裏切ろうとしても、絵画はそれ自体、画家の魂に忠実であろうとするために、そう簡単に偽装することは不可能なのである。この事実を前提として本書に耳を傾けよう。
 さて筆者が語ろうとする画家の嘘とは、かなり確信犯的な画家の行為を指しており、自画像に秘められた意図的な「偽装」を見事に手際よくあぶり出し、直感的想像力によって自画像に潜む謎を解き明かそうと試みる。もともと画家には謎の隠蔽(いんぺい)と同時に暴露されることの期待も想定内にある。そんな画家の相反する両面を解明することで、作品と鑑賞者の間に橋を架けようとするのが本書の趣旨。
 本書で最も興味を惹(ひ)くのは自らを死者として描き、そして埋葬することで再生を希求する自虐的行為とも自己愛ともとれる画家の眼差(まなざ)しであるが、まずミケランジェロの、己の肉体をペラペラの皮一枚の物体として嘲笑的に描いたシスティナ礼拝堂の「最後の審判」を取りあげる。
 次はカラヴァッジョの「ゴリアテの首を持つダヴィデ」で、斬り落とされた首を画家は自己証明として描く。さらにアンソールは自分の顔に骸骨を埋め込むことで死を偽装し、スピリアルトは青白いそげた頬に眼(め)が洞窟のようにポッカリ空いた亡霊の姿として出現する。フリーダ・カーロは裸身に無数の釘を打ち込み、殉教者に変身した。
 さて、では生を謳歌(おうか)するピカソは? 「青の時代」の若い自画像はなぜか老成しているが、最晩年の自画像はなんと幼児にフェイクする。ピカソの到達した芸術観が、そのまま証明されたようなもんだ。
    ◇
 祥伝社・1728円/とみた・あきら 58年生まれ。美術史家。東京ステーションギャラリー館長。

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