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工作舎物語-眠りたくなかった時代 [著]臼田捷治

[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

[掲載]2015年02月01日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■俊才に迷いなし、もの作りの気概

 80年代後半、学生だった私は、アルバイト先のグラフィックデザイナーの松田行正(ゆきまさ)の事務所から、よく工作舎にお使いに出された。
 およそ出版社のイメージにそぐわない瀟洒(しょうしゃ)な洋館に、『キルヒャーの世界図鑑』や『平行植物』など知的かつ遊び心溢(あふ)れる刊行物の数々。この世離れした本を作って生きる大人たちに、衝撃を受けた。
 「昔はもっとすごかったんだから」。かつて工作舎に君臨した編集者松岡正剛(せいごう)と、デザイナー杉浦康平が71年に創刊した雑誌『遊』の現場伝説は、本のデザインに関わる人間なら、一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。
 『遊』の濃厚な組み版デザインは、当時多くの若者たちに衝撃を与え、身ひとつで会社に転がり込んでは不眠不休の雑誌作りを手伝うこととなる(松田行正もまさにそのひとりだった)。
 本書は松岡正剛と、工作舎に集結しその後独立し名を成した俊才デザイナーたちのインタビュー証言から、70年代から80年代後半までの工作舎の軌跡を追う。グラフィックデザイン分野での著書を重ねてきた著者により、専門用語は抑え気味に、門外漢にもわかりやすく書かれている。
 パソコンが一般化する90年代以前、グラフィックデザインは、紙に文字を切り貼りするという手作業に支えられていた。若者たちは、憧れのクリエイターたちの鬼気迫る仕事を間近で見て、自らも手を動かし、デザイン能力を身につけていった。なかでも『遊』をはじめとした工作舎の刊行物は手間がかかっていた。
 けれども一方で、良いものを作ろうとこだわり時間をかけても、報酬らしきものは、あるようなないような、という具合。それではブラック企業と変わらないと思う人もいるだろう。比較的短期間で工作舎を去った人も少なくない。
 お金がなければ生きてゆけない。けれども、効率を考え労力を惜しんでは、真に良いものを作り上げることはできない。誰でも陥るジレンマだ。しかし当時の松岡はそんなレベルを超えていたようだ。「は、お金? それが何?」と言わんばかりの吹っ切れたテンションが証言の端々から読みとれる。
 自分だったら、どうしただろう。机の下で寝てパンの耳を食べながら、居続けられるか。もちろん、工作舎から受けた影響が独立後の活躍の基礎となっていることも、全員が強調する。悩ましい。
 最後に登場する祖父江慎のインタビューが圧巻だ。「大学に行く意味があるのか」と松岡に迫られ、美大を中退。それでも彼の口調は、恨み節もなく、ひたすら楽しそうに面白おかしく手掛けた本や現場の思い出を語る。天才は迷わないのだなと、納得。戦慄(せんりつ)した。
    ◇
 左右社・2376円/うすだ・しょうじ 43年長野県生まれ。元「デザイン」(美術出版社)編集長。女子美術大非常勤講師。文字文化やグラフィックデザインの分野で執筆活動中。著書に『装幀時代』(晶文社)、『杉浦康平のデザイン』(平凡社新書)など。

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