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図説・大西洋の歴史-世界史を動かした海の物語 [著]マーティン・W・サンドラー

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)

[掲載]2015年02月01日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■奴隷と妄想を積み、大海を渡る

 「必要は発明の母」はイノベーションのみならず制度にも当てはまる。ハンムラビ法典の時代から存在した奴隷制度だが、「人種に根ざした奴隷制度などほぼどこにも存在しなかった」。大西洋が海路となって、過去例をみない「大海を渡るアメリカ大陸への奴隷移送」が生まれた。最初に着手したのは15世紀のポルトガルだった。新大陸における「良好な農園システム」に唯一足りないのが膨大な労働力だったからである。
 同じ時期、ヨーロッパでは理性を重んじる「啓蒙(けいもう)思想」が浸透し、「市民と君主や国家との適切な関係を定め」ようと格闘していた。しかし、アフリカ奴隷は埒外(らちがい)におかれた。「繊維産業が世界規模で発展した時期」に「大もうけできるとなると、どんなに情け深かろうとも、手持ちの奴隷を解放する農園主はいないに等しかった」からだ。情けより儲(もう)け優先であるのは奴隷解放後も基本的には変わりないようだが。
 もうひとつ、本書を読んで痛感したのは、妄想や訳のわからないことが時代を動かすということだ。喜望峰を迂回(うかい)した最初の欧州人バルトロメウ・ディアスは「プレスター・ジョンと呼ばれる伝説のアフリカの君主を見つけ出し、友好関係を結ぶ」ために出航し「大西洋には出口があることを、身をもって証明した」。そのおかげでヴァスコ・ダ・ガマはインドに到達した。
 「新大陸」でも仏国王の命をうけた探検家ジャック・カルティエが膨大な金や銀山があるという「サゲネーという王国」を発見することに執念を燃やし、仏国の広大な北米領土支配に貢献した。米国独立のきっかけの一つとなった「ボストン虐殺事件」(1770年)が起こった理由は、弁護人にもわからなかった。
 酸鼻な歴史を紡ぎ出してきた「大西洋は人間世界の中心でありつづける」世界観など壊れたほうがいいと思うのは非西洋人の妄想だろうか。
    ◇
 日暮雅通訳、悠書館・6480円/Martin W. Sandler 米国史研究者。マサチューセッツ大で講義もしている。

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