書評・最新書評

営繕かるかや怪異譚 [著]小野不由美

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)

[掲載]2015年02月08日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ひとの想い解放する「建築小説」

 この連作短編集の主役は「家」である。いや、すまいと言った方が正しいかもしれない。全六編、いずれの物語でも、それぞれのすまいの中で、或(ある)いはそのすぐそばで、ふと妙な出来事が起こり始める、そこをすまいとする者たちは、最初は気にしないようにするのだが、出来事は次第にエスカレートしてゆき、ある時を境に、紛れも無い怪異としての姿を露(あら)わにする。祟(たた)りではなく障り。何かが、誰かが障っているのだ。そこに営繕屋が登場する。尾端(おばな)というまだ若い男で、名刺には「営繕かるかや」とある。つまり彼は家を修繕・改築するのが仕事だ。だが尾端には不思議な評判がある。彼はすまいに手を入れることで、障りを直すことが出来る。かといって彼は霊媒師ではない。障っている誰かの想(おも)いを推し量り、そこに宿る無念や悲哀を慮(おもんばか)って、営繕によって介抱/解放してあげるのだ。
 冒頭の「奥庭より」では、亡くなった叔母から相続した町屋に独り住まいの女性が、奥庭に面した狭い廊下の向こう、開かずの間と化した奥座敷の襖(ふすま)が、閉めた筈(はず)なのに開いていることに気づく。何度閉めてもいつのまにか開いている。そして或る日、そこから女が出てくる。ものすごく怖い。怪異がぬうと顔を出す瞬間の切れ味は、この作家ならではである。だが、かるかやの処置は、あくまでも家に、すまいに対するものであり、従ってこの種のお話にありがちな理屈抜きの神秘性とは一線を画している。尾端は文字通り、すまいを直す/治すだけなのだ。それぞれの主役である家の構造や設計は、緻密(ちみつ)かつ明晰(めいせき)に書かれている。かるかやが施す営繕もきわめて具体的だ。この趣向が本書に凡百の怪談、心霊、ホラー小説とは全く異なる新しさを与えている。いわばこれは一種の建築小説である。しかしそこでは同時に、ひとの心も建築として、すまいとして扱われている。
    ◇
 角川書店・1620円/おの・ふゆみ 作家。「十二国記」シリーズ、『屍鬼』など。『残穢』で山本周五郎賞。

関連記事

ページトップへ戻る