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熱風の日本史 [著]井上亮

[評者]赤坂真理(作家)

[掲載]2015年02月15日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■「私たち」動かす「空気」を探る

 このごろとみに思うのは、現在の問題を知るには、戦後だけでなく、少なくとも、開国から明治政府の成立期にまでは遡(さかのぼ)らないといけない、ということである。現在の問題のひな型は、すでにその時期には出尽くしている。私たちは、驚くほど変わっていないし歴史から学んでもいない。その事実には、呆然(ぼうぜん)とするばかりである。
 この本は、開国〜明治期から現在までの歴史の本ではあるが、「正史」というよりは、変わらぬ「私たち」のほうに焦点を当てたものである。「私たち」の気分がどう揺れ、何に駆動され、いつ一気に熱風のようになり、終われば冷めてしまうか。どれほどそれを繰り返してきたか。
 集合としての日本人の一面は「神話をつくって勝手に熱狂しやすい人たち」である。神話はいつしか「空気」となって、内と外から私たち自身を縛り、あるいは駆動してきた。皇国神話、不敗神話、成長神話、土地神話、等々。
 現代語の「空気を読め」が実は同調圧力と同じなように、戦争に向かった当事者たちも、のちには言うのだ「空気に抗(あらが)えなかった」と。だったら空気の研究を、資料からまじめに説き起こしていくことには重大な意味がある。
 こういうことを扱うのは、実はむずかしい。とらえどころのないものをとらえる必要があるからだ。そのために本書は、新聞、雑誌、錦絵(ニュースメディアだった)、果ては流言飛語や噂(うわさ)、美談まで、たんねんに拾う。流言飛語や噂は、「歴史」とは従来みなされてこなかった。
 しかし、流言飛語や噂にこそ、人々の本質は宿らないだろうか。それらに人々は煽(あお)られ、あるいは焦(じ)らされ疑心暗鬼となり、大きく動いてきたところが、あるのではないか(株価変動の本質は噂ではないか)。我が胸に手を当ててもこれを否定できない。歴史とは、そういう「私たち」が織りなすドラマなのである。
    ◇
 日本経済新聞出版社・1944円/いのうえ・まこと 61年生まれ。日経新聞・社会部編集委員。『天皇と葬儀』


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