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現代の建築家 [著]井上章一

[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)

[掲載]2015年02月15日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

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■従来の建築史覆す、勇気ある論

 「現代の建築家」が、1867年生まれの長野宇平治、伊東忠太から始まるのに驚いた。現代建築家は、第2次大戦後という通常の建築史の書き方を井上はなぜ逸脱したのか。
 建築デザインにおいても戦前と戦後とがつながっていることを示したかったのである。戦前を全否定して、戦後は断絶した反転、というのが現代史の大前提であった。しかし、40年体制論をはじめとする「断絶史観」を覆(くつがえ)す論が建築史にもあらわれた。
 従来の建築史は、戦前の悪(あ)しき民族主義が、コンクリートに瓦屋根をのせた和風建築を生み、戦後の民主主義が、コルビュジエ派のモダニズム建築を生んだと説いた。
 井上は正しいはずのモダニズムのリーダーたちの戦前を分析し、彼らこそが国粋主義によっていて、その国家総動員的発想が、戦時下におけるスピードとコストを重視したシンプルなモダニズム建築に直結したと看破する。
 明治以来、日本のエリートは一貫して西洋崇拝であり、それが明治にはギリシャ・ローマ風を生み、西洋の主流が、モダニズムへ転換するのと平行し、日本でもモダニズム建築が主流になったと井上は説く。合理主義と国家総動員の遭遇が転換のバネになったというわけである。西洋崇拝の伝統は、1980年代の磯崎新のつくばセンタービルの、ギリシャ・ローマ風のポストモダニズム表現にしっかりと受け継がれたという指摘は、目からウロコだった。
 戦後建築家は、難解な言説を駆使して、「反権力、反国家の自分」を演出し、建築界はその洗脳下にあった。井上は、その構図自身をくつがえし、日本の建築家は、西洋に追いつけという明治以来の大いなる国家意志を、何者にも強制されることなく、自発的に体現していった「いい子」だったと総括する。日本の現代建築史を覆す勇気ある論である。
    ◇
 エーディーエー・エディタ・トーキョー・3456円/いのうえ・しょういち 国際日本文化研究センター教授。

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